バラックの撤去、住民の移住計画を提唱する政府当局
筆者は1990年代からカトリック教大陸、ラテンアメリカの貧困地区を多数訪ねてきた。中でもコロンビアのサンタフェデボゴタ旧市街にある公営モルグを中心とした葬儀屋街の世界最悪のゲットーを長期取材した経験は貴重なものだった。そのいわゆる〝モルグ街〟特有の生と死のカオスを「死化粧師オロスコ」(一九九九)というドキュメンタリー映画にまとめたのだが、ラテンアメリカでも貧者による公営地の不法占拠はありふれた現象ではあるものの、ナヴォタス市営墓地ほどの無秩序は見たことも聞いたこともない。
否、一つだけ存在する。
韓国は釜山にある「タルトンネ」(「月の街」の意。高地の不法占拠で形成された貧民街のこと)で、日本人墓地を不法占拠し、あまつさえ現場の墓石を建材に利用して建設された村だ。そこはキリスト教国の墓地と異なる火葬文化のためリアルな遺体が露出するようなゴアで不衛生な局面はないが、欺瞞的な壁画アート運動の上塗りがかえってナヴォタスより遥かにおぞましい磁場を形成している。
ナヴォタスは漁業の町としても有名で、墓地の後背も海浜になっている。スラム化の最盛期にはそこから海上にまで張り出した水上スラムへ肥大化する。住民は魚や貝もとる。台風などで浜辺に大量のゴミが打ち上げられるとスカベンジャーが押し寄せる。スラムは肥大化に肥大化を重ね、ゲームセンターやカラオケバー、闘鶏場など、娯楽施設を含めて人間の生活に必要なすべてを完備したコミュニティーへ成長する。スモーキー・マウンテン閉鎖以前の1980年代から、30年にわたってそのようにして暮らしが紡がれてきた。
しかしながら、ナヴォタス市営墓地の無秩序を憂慮せざるを得ない政府当局は、墓地の不法占拠状態をそのまま野放しにするわけにはいかず、かつてのスモーキー・マウンテンと同様に、臭いものに蓋といわんばかりに、敷地内のバラックの撤去、住民の移住計画を提唱している。
また2010年8月26日に七千人を焼きだした大火が発生し、それをきっかけにナヴォタス市営墓地の共同体は漸次縮小傾向にある。昨年8月にも火災が発生し、現在墓地スラム一帯の住民は千人程度ということだ。
不気味な緊張の残滓が夢と散りそうな、たそがれの町の静かで穏やかな昼下がりであった。
(取材・文=釣崎清隆)
釣崎清隆 死体写真家として知られ、ヒトの死体を被写体にタイ、コロンビア、メキシコ、ロシア、パレスチナ等、世界各国の犯罪現場、紛争地域を取材し、これまでに撮影した死体は1,000体以上に及ぶ。写真集『DEATH:PHOTOGRAPHY 1994-2011』(Creation Books)、著書『死者の書』(三才ブックス)、DVD『ジャンクフィルム』など多数。