新章「サイバーアウトロー」連載第31回 カネの成るフロッピー
これは実在するひとりの男の転落と更生の物語である。

あらすじ
鹿児島太(かごしま ふとし)という強力な相棒を得た三井は新規事業に乗り出そうとするのだが......
「いらっしゃい、先生」
数日後、オレの住居兼事務所に、鹿児島は現れた。手には薦(こも)かぶりの日本酒の樽をさげている。
「はい、師匠。これ、オレからの開業祝い」
鈴彰グループを辞めても、鹿児島はオレを師匠と呼ぶ。
これからも、オレも彼を先生と呼び続けるだろう。お互いがお互いを、リスペクトできる間柄だからこその愛称だった。
「なかなかキレイに片づいているじゃない」
鹿児島は、意味深な表情をオレに向けた。
「あぁ、いや......」
オレはグッと息を飲んだ。
この居室を片づけてくれたのは、ほかならぬ榎本菜摘だった。彼女とは、公私ともに付き合っていた。
鹿児島は、それに気づいていたのである。
「いいな、榎本さんは......」
突然、鹿児島はポツリとつぶやいた。
「女だからこそ、いろんな意味で師匠を支えることができる。オレだって、師匠と一緒に仕事がしたいよ」
鹿児島は、暗にオレと独立できないことを嘆いた。
鹿児島は、鈴彰グループほど大きくはないが金融屋にいる。そこは、鹿児島が責任者で営業していた。鹿児島も金融業の仕事に慣れ、今が一番働きがいのある時期だった。
オレは個人情報などのデータ売買をする仕事を開業した。
オレは金融業を続けるつもりはなかったが、鹿児島は現在の金融業を天職にしようと考えていたようだった。いくら業種が違うといえ、オレが鹿児島の夢を奪うことは彼との友情に背くことになる。
鹿児島が金融業でがんばりたいという以上、オレが彼に転職を無理強いすることは許されない行為だった。お互いの意志の尊重を第一に考えなくてはならないのが、真の友情であるとオレは思う。
そういう鹿児島だからこそ、オレとは一緒にやれないと仄(ほの)めかしているのだろう。
「ただ、オレのできる範囲内で、師匠のサポートはしていくつもりだ。あくまで、オレの仕事に支障をきたさない程度でしか協力できないけど......」
鹿児島は、オレの方に向きなおった。
「それで、もし誰かが文句をいってくるようなら、オレは今の仕事を辞めるよ」
今まで、見たこともないような真剣な眼差しだった。オレは、鹿児島の言葉に胸が熱くなっていた。
「大丈夫だよ、先生。おたくの仲間は、そんな器量が小さくないだろ」
オレのことで、鹿児島に悲しい思いだけはさせたくなかった。オレと一緒に独立するときは、誰からも後ろ指をさされないで、堂々と大手を振って王道を歩けるようになりたい。そんな気持ちで一杯だった。
「だから、ムチャはしないでほしい。ムリはきいてもらうけど」
オレが占有でヤクザの秋山にボコられたとき、鈴彰がオレを呼びだしいった言葉だった。
「あぁ、師匠のためだったら、どんなムリでも聞けると思う。なんでも、気軽にいってほしい。そして、本当に困っているときは、真っ先にオレに相談してほしい。今のオレに、なにか師匠を手助けできることはないかい」
鹿児島は、本気でオレの役に立ちたいらしい。オレは、涙がこぼれそうだった。
実際、独立はしたものの、まだ確固たる地盤はなかった。
海のものとも山のものともわからない、先が見えないで暗闇を手探りで歩いている状態だった。これを、暗中模索とでもいうのだろう。そんなときに、鹿児島の言葉はなににも代えがたい自信となった。