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東京ピカレスク~闇社会に君臨するピカロ(悪漢)~ 第29回 ピカロの甘い罠 後編

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連載第29回 ピカロの甘い罠 後編


文/三井裕二・監修/坂本敏也・構成/影野臣直

これは実在するひとりの男の転落と更生の物語である。

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あらすじ
顧客の大前田が借金を苦に自殺した。その時、鈴彰と三井が取った行動とは?


「なにも、主人が入院している病院まで取り立てにこなくてもいいでしょう!」
 入院中の大前田を見舞いにきたオレに向かって、看病中の妻・明日香は吐き捨てるようにいった。

「仕方ないでしょう。事業資金として貸し付けたら、ご主人が病気で入院。そのカネは、アンタのムスコさんの借金返済のため借りたものだった。でも、バカ息子は飛んでしまった。そんなの調査ずみですよ。だから、きました」
 怒りで目が吊り上がっている明日香に向かって、オレは冷ややな口調でいった。

「この商売をやっていていつも思うんですが、なにかオレたちが悪いことしているように債務者のみなさんはいいますよね。オレたちは、べつに悪いことをしているわけじゃない。困っている人に、カネを貸してあげただけですよ。なのに、蛇蝎のようにイヤがられて文句をいわれる。だったら、貸さなきゃよかったって思いますよ、実際」

「.........」

「アンタのご主人も、事業資金を融資してほしいといってきた。でも、オタクの経営状況を調べ、これでは支払えるわけがないと思って、最初は断ったんです」

「.........」

「それでもご主人は、いくら高い金利でもいいから貸してくださいと拝み倒した。実は、ムスコのため、だったんだ。ただワタシは、ご主人の真摯な気持ちに感銘してムリにでも融資したんだ。グズグズ文句いわれる筋合いはないでしょ」

 理詰めで借金を正当化するのは、この業界の常である。

「今のところ、不動産を処分するか、アナタに払ってもらうかしかありませんね。借金を返済してもらうのは......」

 このようなシチュェーションをつくりだすため、倒産寸前の会社に貸し付ける際は、一度断るのが裏金融道の常識である。どうしてもカネが必要なヤツは、どんなムチャな金利を提示しても頭を下げて借りてしまう。

 たとえ、倒産回避が不可能な状況であったとしても、だ。

「じゃあ、奥さん。これ、お見舞いです。今日のところは帰りますが、近日中に借金の返済法を考えましょう」

 明日香は、コクッとうなずいた。その目には、不逞な光が輝いていた。翌日、明日香の元へ向かうと開口一番、とんでもないことをいいだしのである。


「主人は自己破産します」


 オレは思わず、動きを止めた。


「な、なんだとぉ!」


 オレがギョロっとにらみつけると、明日香は勝ち誇ったような顔をした。

 自己破産とは、借金が多すぎて支払いが不可能であると裁判所で認められると、すべての債務の支払い義務が消滅してしまう。これを『免責』(=支払い責任が免除されること)という。

 債務者に自己破産されると、われわれ裏表関係なく金融業を営む業者はお手上げだ。

「そっちがその手でくるなら、オレにも考えがある。明日、また来るから、首を洗って待っておけ!」

 オレは怒りのあまり、明日香に向かって吠えていた。

「えぇ、どうぞ。いつでもお越しください。フフフ......」

 明日香は、余裕の表情でオレを見た。オレは、明日香の憎々しげな言葉を思いだしながら、怒り心頭で帰路に就いた。