連載第15回 ピカロVSヤクザ その2
これは実在するひとりの男の転落と更生の物語である。

前回までのあらすじ
三井は債務者の担保物件占有という新たな仕事に志願したのだが、そこには今までにない危険な薫りが漂っていた......
「うわぁ、スゲぇ!」
オレと坂田は、玄関のドアを開けた瞬間、思わず声を上げた。
玄関口には大きなシャンデリアが下がっていて、間口も広さも十分にとられている。正面には、素人のオレにでもわかる、フランスの印象派の巨匠の描いた絵画が飾られていた。
応接室にはマントルピースに、ローマの宮殿に置かれているような高級家具。
これが、本当の金持ちの住む家なんだなぁと、2人はためいきをついた。
だが、栄耀栄華を誇った一族も会社も、わずか一夜のうちに他人の手に委ねられ、逃げださなくてはならない。
オレは複雑な心境だった。
「先輩、なに考えてるんスか?オレ、スゴいもん発見しましたよ!」
坂田は目を輝かせていった。
「デカい金庫が、応接室の書棚の脇にありました!きっと、カネが詰まってますよ。先輩、やりましたね!」
坂田は、自分が金庫を発見したことに興奮しているようだった。彼の胸のうちでは、オレが今日の功労者だとでも思っているのだろう。
坂田は、一人で舞い上がっていた。
(だいたい、トサンみたいなバカげた高金利で、800万円も引っぱるようなヤツが、現金もっているわけがないだろうが)
そんな坂田を横目に、オレは心の中でつぶやいた。
「おいおい、金庫の中も確かめないで、空っぽだったらどうするんだ。オレたち高利貸しは、回収してはじめて利益を得る。坂田くん。今のキミみたいのを、獲らぬ狸の皮算用っていうんだ」
坂田の喜びに水を差すようだが、オレは苦言を呈すつもりでいった。
「そうですよね。じゃあ、オレは鍵屋のおじさんを呼んできますよ」
オレに誉められず、逆に忠告されたことにムッとしたのだろう。坂田は投げやりになったようにいった。
「あぁ、それが賢明だな。とにかく期待はずれだと、キミもガッカリだろ。そうならないよう、オレたちは現実を直視しようよ」
「はい!」
坂田は、意外にふてくされることなく明るく答えた。
「それにしても、関内のオヤジはどこへいったんだ」
オレたちは、周囲を見まわした。
玄関の鍵を開けるところまで、関内のオヤジの姿を確認している。しかし、それ以降はどこにいったか、わからなくなっていた。
「お~い、鍵屋のおじさ~ん!」
坂田は玄関口に下りて、豪華なドアを開けて関内のオヤジを呼んだ。
「あっ!」
坂田は、小さく声をあげた。
「どうした」
オレは坂田の方を見た。
「い、いや、先輩。この屋敷の前に、今ベンツが急停車したんですけど......もしかして、先ほど先輩が剥がした紙に書かれていた、秋山興業の連中じゃないですよねぇ」
「まさか......」
オレが答えた瞬間、チャイムが連続して鳴った。
「せ、先輩!」
顔を強ばらせ、坂田がオレを見る。
「コラ!おい、開けろ!誰だ、人の物件に黙って入ってやがるのは!ナメとんのか、ゴラぁ!」
ものすごい声で、数人の男たちの怒声が響く。
「ブッ殺すぞ!コラ、早く開けろ!」
怒鳴り声は、どんどん過激になっていく。
「そ、そうだ!坂田くん、少し様子を見ておいてくれ!」
オレは2階への階段を駆け上がった。
「先輩!どこへいくんですか!1人で逃げないでくださいよ!」
坂田の泣き出しそうな声が、背後で聞こえる。
オレはゴージャスな螺旋階段の中途で止まり、坂田に向かっていった。
「バカヤロウ、逃げるんじゃねぇ!2階にある電話で、事務所にどう対処したらいいか訊くんだよ!」
坂田は、ホッとしたような表情を浮かべた。
「あっ!ヤツら、門の鍵を壊してしまいましたよ!こっちに向かってます」
ホッとしたのもつかの間、坂田は再び泣きそうな声をあげた。オレは坂田を無視して、2階のリビングの電話をとった。
(どうか、つながってくれ)
オレは、神にでも祈るかのようにプッシュホンのボタンを押した。