連載第15回 ピカロVS新宿ヤクザ
これは実在するひとりの男の転落と更生の物語である。

前回までのあらすじ
三井は債務者の担保物件占有という新たな仕事に志願したのだが、そこには今までにない危険な薫りが漂っていた......
「貸し付けていた古林が飛んだ。ヤツが引っぱった業者は、ウチだけではない。かなりヤバい筋からも借りているらしい。だから、一刻も早く担保物件を押さえなくてはならない。占有にいくぞ!」
五十嵐は例によって甲高い声で、早口で一気に捲し立てた。
「せ、占有って......どうするんですか?」
五十嵐は、呆れたようにオレを見た。
「そうか、オマエ入ったばかりだったんだな。占有も経験したことないんだろ」
「はい」
知ったかぶりして恥をかくのはイヤだ。オレは正直に答えた・
「う~ん......」
五十嵐は、一言うなって首を傾げた。
「大丈夫です!鈴彰会長には、この命あずけますとまでいって、拾ってもらった自分です。どんなことでもやります!」
オレは五十嵐の目を、睨みつけるように見た。五十嵐も、そんなオレの眼差しをジッと見ている。
「よし!じゃあ、三井。高田馬場に坂田という若いヤツがいる。そいつと合流して、ここにいけ」
五十嵐は、右親指のない不自由な手でオレの行先を書いた。
「では、高田馬場までいってきます」
オレはこれから行く先に、恐ろしいことが待っているとはつゆ知らず、五十嵐から渡された書類をバックにいれた。
「坂田も、オマエと同じくらいの若者だ。若さから血気に走って、勝手なことをすんじゃねぇぞ!なにかあったら、必ずオレに連絡をよこせ。オレもあとでいく」
オレは、五十嵐のキンキン声を背中で聞きながら、事務所を飛びだした。
五十嵐の指示では、鍵屋の関内のオヤジも連れていくことになっている。
オレは駅前にある、合鍵のセキウチに駆けこんだ。
「すいません。まきかわ金融です」
相変わらず怪しさ満載の鍵師・関内のオヤジは、読んでいた週刊誌を仕事机に置いた。
「いつものように出張をお願いできますか」
「仕事内容は?」
関内のオヤジは訝しげに訊いた。
「なんでも占有とかいうのをするみたいで、その物件の鍵を開けてほしいそうです」
「オマエさん、占有は初めてなのかい?」
「はい」
オレは元気よく答えた。
「.........」
関内は、そんなオレを呆れたように見た。
「責任者は?」
普段、このような問いかけはしない。なにか、オレに不満でもあるのだろうか。
「五十嵐が、あとでくるそうです。牧川は出張していて、今日は現場にはきません。とりあえず急を要することらしいので、自分ともう1人の若手と2人が先鋒隊でいきます」
オレは、関内のオヤジにわかりやすく説明した。
「わかった」
関内のオヤジはボソッとつぶやくように言うと、奥に置いてある大きなキャリーバックを手にした。
「場所は?」
「はい、新宿の御苑前だそうです。住所は......」
オレはバックからメモを取りだし、占有先の住所を書いた。
「オマエたち、急いでるんだろ。ワシも直接むかうから、先にいっておいてくれ」
「はい!」
関内のオヤジの態度が気になっていたが、とにもかくにも仕事を引き受けてくれたので、ホッとして坂田の待つ高田馬場に向かった。