>  > 【外道】隣は何をする人ぞ......監禁、惨殺「江東マンション神隠し殺人事件」の起きた街・潮見
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【外道】隣は何をする人ぞ......監禁、惨殺「江東マンション神隠し殺人事件」の起きた街・潮見

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昭和に完成した人工島・8号埋立地


 近頃はこの神隠し殺人事件のようにマンション住人の近隣同士がお互いの顔さえ知らないこともよくある。しかも潮見は1967(昭和42)年に完成した埋立地で、工事が始まる1924(大正13)年までは海だったという人工島だ。土地自体が20世紀以降にできた新興住宅地であり、H.T受刑者とT.Rさんに面識がなくても不自然ではない。

 もともと潮見の人工島は8号埋立地と呼ばれる東京都の廃棄物最終処分場だった。住宅地として使われるようになったのは江東区に編入された1968(昭和43)年前後といわれる。編入以前は住所がない番外地で、埋め立てが進むうちに倉庫や工場が集まった経緯があり、現在もその名残が各所に見られる。


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8号埋立地の北岸にドックを構える墨田川造船。警察庁の高速警備艇や海上保安庁の巡視船などを建造している。23区内に位置する潮見だが、町工場より大規模な工場が多い。(撮影=八神千鈴)



 中でも潮見の歴史において欠かせない存在は、カトリック潮見教会だろう。

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蟻の町のマリアこと北原怜子の遺志を受け継いだカトリック潮見教会。(撮影=八神千鈴)


  この教会の聖堂は「蟻の町のマリア」と名づけられている。「蟻の町のマリア」とはキリスト教信者・北原怜子(さとこ)の別名で、「蟻の町」とは1950(昭和25)年頃の浅草にあった廃品回収業者の住む貧民街である。

 裕福な家庭に生まれた怜子はキリスト教の洗礼を受けて奉仕活動に情熱を注ぎ、蟻の町をたびたび慰問していた。しかし、救うべき相手と同じ目線にならなければ偽善にすぎないと考え、実際に蟻の町で暮らして廃品回収業者として働いた。その姿に感銘を受けた人々が、怜子を「蟻の町のマリア」と呼んだのである。

 ではなぜ浅草の蟻の町が潮見と関係するのかというと、東京都から立ち退きを要求されて移転した先が8号埋立地だったのだ。そして、ともに移転した蟻の町の教会がカトリック潮見教会になったのである。

 浅草の蟻の町が潮見で新・蟻の町となったのは1960(昭和35)年。怜子はそれより2年早い1958(昭和33)年に28歳の若さで肺結核のため病死した。

 新・蟻の町はオートメーション化された設備を導入して作業効率を向上させたが、高度成長時代に入ると廃品回収業以外の仕事に就く人が増え、静かに役目を終える。

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蟻の町のマリアの名を冠する潮見教会の聖堂。(撮影=八神千鈴)


 慈愛の人・北原怜子の思いが受け継がれた地で起きた残虐な殺人事件には言葉もない。新約聖書には「汝の隣人を愛せよ」という言葉がある。このご時世、隣人を愛するまではしなくとも、どんな人間なのかは知っておいたほうがよいのだろうか。


(取材/文=八神千鈴)


八神千鈴 編集プロダクション、出版社の編集者を経てフリーライター。主に戦国時代と幕末関連の歴史系記事を執筆。下町とサブカルを愛し、散歩がてら歴史をほじくりかえす。