連載第9回 人気タレントVSピカロその3
これは実在するひとりの男の転落と更生の物語である。

前回までのあらすじ
三井裕二(みつい ゆうじ)は、芸能事務所の債権整理としてヤンキータレント 小松崎愛の高級車を回収するべく駐車場へと向かった。しかし無事に車を運び出そうとしたその時、思わぬ妨害が入ったのだ。
「なんだ、テメェらは!」
牧川はメガネの眉間部に指を当て、静かだがドスの利いた強い口調でいった。
「ボクたちは小松崎愛ちゃんのファンクラブの者だ!ボクは親衛隊長の菊池(きくち)勇一(ゆういち)という!それは、愛ちゃんが命の次に大事にしているクルマだぞ!アンタら、それをどうするつもりだ!」
体重130キロはあるだろう。
親衛隊長を名のる菊池は、駐車場内でオレにガンづけしていったデブだった。
(ヤロウ!小松崎の事務所が倒産したことをしって、愛ちゃんのガードマンを買ってでたわけか)
見え透いたヅケとりに、オレは不快感を覚えていた。先ほどのこともあったが、菊池の登場でオレの闘志に火がついた。
「アンタら、オレたちゃ金融屋だ。小松崎愛のプロダクションの社長に、800万円の小切手を担保にカネを貸している。このクルマは、その担保の一部として引き上げていく。テメェら、ジャマする気か!」
牧川はサッと運転席に乗りこみ、窓を開けて怒鳴った。牧川の咆哮に、ファンクラブのオタクどもは戸惑っている。
「ほら、どけっていってんだろう!引き殺すぞ、コラ!」
オレも助手席に乗りこみ、牧川と同様に窓を開けて怒鳴った。
だが、団体でいることの強みなのか。オタクどもは出口をふさいだまま動こうとしない。
さすがに頭にきたのか、牧川は再びクルマから降りた。オレも牧川に続いてクルマから降りる。
「小松崎のいる事務所の社長は、4つの金融業者からカネを借りている。このクルマの件も含め、これからわれわれ債権者が集まって、債権者会議を開かなくてはならない。テメェら、それを邪魔をする気か」
一見、伊達男の牧川だが、長年裏社会で生きてきただけに、吐く言葉のひとつひとつにスゴ味がある。
実際、鈴彰グループは、トサン(=10日で3割の金利)での最高貸付額は1店舗200万円までと決まっていた。それ以上は、貸せないのだ。ただ、同じ鈴彰グループ内なら、4店舗まで各店200万円の融資をすることが可能だ。そして高い金利ゆえ、支払期日の10日前近くに他店から融資の勧誘をすると、すぐ釣れるのだ。
このように絵図を描き、客をハメるのが鈴彰グループの手口である。
ただ過剰融資のため、鈴彰グループの同系列で貸し倒れにならないよう、最高貸付額を4店舗で総額800万円までと決めていたのだ。
「それは社長とアンタらの問題であって、愛ちゃんは関係ないだろ。さぁ、愛ちゃんのクルマを置いていけ!」
菊池は、精一杯の虚勢を張って反論する。
「じゃあ、アンタらが残債を払ってくれるんだな!民事の問題に口をハサむってのは、そういうことだ」
「い、いや......」
菊池の顔から血の気が失せ、顔面が蒼白に変わっている。
「おい、親衛隊長さんよ。アンタらが払ってくれるんなら、このクルマは置いていくぜ。1、2、3......14、15、16人か。元金だけなら、1人頭50万円だ。まぁ、プラス金利の滞納分と、手間をかけた手数料分だな」
牧川は、菊池とファンクラブ一同の顔を見回しながらいった。
「ご、合計、いくらだ」
菊池は最初の勢いはどこへやら、蚊の鳴くような小さな声でいった。
「おぉ、払ってくれるのか。やっぱりファンはありがたいなぁ。よしよし、すぐ元利合計金額を計算するからよ」
牧川は、満面の笑みで菊池を見た。
「ちょっと待ってくれ。まだ、払うっていってな......」
「ふざけんじゃねぇ!」
菊池の言葉を最後まで聞かず、牧川は吠えた。
「テメェが払うといったから、愚にもつかない話を聞いてやってたんじゃねぇか!責任もとれないくせに、偉そうな口を利くんじゃねぇ!」
華奢な牧川の、どこからこのような声がでるのだろう。驚嘆すべき迫力だった。
菊池やファンクラブの連中たちは、たった1人の牧川に完全に押されていた。
「おい、三井くん。いこう。コイツらじゃ、話にもならん」
牧川は、それだけいうとクルマに乗りこんだ。同時にオレも、助手席に乗りこむ。
牧川は、聞こえよがしにエンジンをふかした。
駐車場内に、フェラーリ独特の低いバスの利いたエンジン音が鳴り響く。
このエンジン音が、菊池らを刺激した。