連載第10回 人気タレントVSピカロその4
これは実在するひとりの男の転落と更生の物語である。

前回までのあらすじ
三井裕二(みつい ゆうじ)は、ヤンキータレント 小松崎愛の高級車を回収するべく駐車場へと向かったが、そこで彼女の親衛隊に囲まれてしまった。なんとかその包囲網を突破しようとするのだが......
「ほら、ガキども!そこをどけ!」
菊池たちのうしろから現れたのは、なんと鍵師の関内のオヤジだった。
関内のオヤジはオタクたちを睨み、堂々たる態度でオレたちの方に向かってくる。
(な、なんなんだ、このオヤジは......)
合鍵屋の店主にしては、あまりにも迫力がありすぎる。昔は、さぞかし名のあるピカロ(=悪漢)だったのかもしれない。
「牧川社長!あったよ、あった!これだろ!」
関内のオヤジの手には、ぶあつい封筒が握られている。
のちに知ったことだが、万が一、駐車場の管理会社や警察などがきたときの用心のため、牧川は関内のオヤジに忘れ物を取りにいってもらっていたのだ。
さすが、いくどとなく修羅場をくぐってきた、キレ者の牧川らしい差配であった。
「おぉ、おやっさん!ありがとう!」
牧川は、待ってましたとばかりに運転席からでた。
関内のオヤジを阻むはずのオタクたちの群れが、モーゼの十戒ように真っ二つに割れている
「ほい、事務所に忘れてきた書類だ」
関内のオヤジは、封筒を牧川に渡した。
牧川は唖然と見ている菊池たちを尻目に、関内から受けとった封筒をゆっくりと開ける。
中には、なにやら書類が入っていた。
書類にサッと目を通した牧川は、ニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
「やい、テメェら!これを、見ろ!」
牧川はオタクたちをかきわけて、菊池の前に立った。
「な、なんなんだよぉ」
菊池は、不安そうにつぶやいた。牧川は、再びニヤッと笑った。
不安は人を饒舌にする。
「なんだよ、ボクになんかようか。ここから帰せといっても、帰らせないぞ。特に、ボクは愛ちゃんの親衛隊の隊長だ。たとえ殺されても、ここから動かないぞ」
心なしか、菊池の声が震えている。菊池の前で、牧川はまた怪しげな笑みを浮かべた。
「な、なんだ。ヘラヘラしやがって......」
菊池がいうや否や、牧川は手に持っていた書類で彼の頭を叩(はた)いた。
「イテっ!」
菊池は大げさに叫んだ。
殴られたからなのか、菊池の顔面は蒼白になっている。
さらに牧川は、菊池の胸ぐらをつかんで吠えた。
「おい、隊長さんよぉ。テメェさっき、この件は社長とオレたちの問題だ、っていってたな。やい、これを見ろ」
牧川は菊池を突き飛ばし、転んだ菊池に向かって書類を投げつけた。
「な、なにすんだよぉ......」
菊池は顔を強ばらせ、ボソッとつぶやいた。
「隊長さんよぉ。その書類を、よ~く見てみろ」
牧川はさっきとは打って変わり、静かな口調でいった。
菊池は薄明かりの中、言われた通り書類に目を通している。菊池の周囲のファンクラブの連中たちも、彼の肩越しに書類を見ていた。
「それは、な。小松崎愛の戸籍謄本だ」
牧川はポツリといった。
「えぇ!」
一瞬、オタクたちの間からどよめきが起こった。
「小松崎愛こと小松崎花子は、所属するプロダクションの社長・小田寿男(おだとしお)の子だ」