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熊本地震現場レポート

熊本地震の被災者が語った 地震直後の様子と避難所生活

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熊本県を襲っている大地震。現在も断続的に余震が続くなか、被災者の女性が地震の恐怖を語ってくれた


余震の恐怖


「もしもし、影野さんですか?ワタシ、Mですが......」
電話は熊本在住の友人・M氏の夫人からだった。

「あっ、熊本たいへんですねぇ。大丈夫なんですか?」
ちょうど震災の直後だったので、挨拶程度の軽い気持ちで問い返した。

だが、事態は思ったより深刻だった。

平成28年(2016年)4月14日午後21時26分
震度7 マグニチュード6.5の大地震が熊本県を襲った。

熊本の友人は県内の有数の実業家で、熊本市内にある豪邸は3億円かけて建てたものである。
当然、豪華さだけではなく耐震構造にもなっていて、震度8にもビクともしないはずだった。
本人も、この強固な造りの家にいれば、どんな地震でも安心だといっていた。
要塞、シェルターのようなものだと豪語していたのである。

ところが、倒壊こそ免れたものの、恐ろしいほどの揺れを体感した。
最近の耐震構造は『揺らして(力を)逃がす』という工法により建てられている。
揺れに合わせた振動で、建物の倒壊を防ぐというものなのだ。

地震においては、木造家屋の方が倒れやすいが、鉄筋住宅は潰れるような倒壊をするという。
家が倒れたとき、どちらが安全かといえば前者の木造住宅なのだ。
そんな鉄筋住宅の弱点であるクラッシュを防ぐため、揺らして逃がすという耐震構造が考案されたのである。

「ホント、怖かったです」
M氏夫人はいう。

倒壊は防げるが、その揺れは体感震度を増幅させる。

「一番大きかったのは、二番目の夜中に起きた地震でした」
最初の地震は突然のものだけに、驚きだけであった。

だが、2度目の余震は大きな揺れを体験したあとだけに、「またきた!」という恐怖感が襲った。
1度目で倒れた家中の家具を片づけた夫人は、2度目の余震後はなにもする気力が起きなかったという。

室内はメチャクチャ。恐怖、放心、孤独......困ったことに主人は、社会不在を強いられている。
夫人は、愛犬とともに家を出て、避難所に向かった。

家には、水も備蓄されているし、食料もある。
だが、それよりも初めて経験する震災の恐怖心が、1人でいることを拒んだのである。

生きるために、誰か適切な指示を出してくれるスペシャリストに頼りたい。
1人暮らしの女性ならではの賢明な選択であった。

避難所は、学校のような大人数を収容できる体育館などに設営される。
広大な校舎や体育館は何千人単位で被災者を収容できるし、グラウンドは駐車場や医療施設設営にふさわしいものとなる。

夫人は、大勢の人と起居することで不安は払拭されたという。
だが、ここにくるまでの道中、壊滅的に破壊された街をみて、生きた心地もしなかった。

「本当に生きていけるのかしら」
普段は楽天的な夫人も怖くて涙がこぼれたという。

いつもはジャレつく犬も、そんな夫人の心を敏感に感じとっているのだろうか?
それとも、動物特有の危機察知能力なのだろうか。
元気で明るいミニチュアダックスフントも、震災以降はシッポが垂れ下がったままだったという。