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連載小説『死に体』最終章

第54話 命のバトン

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連載第54回 最終章(ニ)


【ここまでのあらすじ】☓☓拘置所内の四舎ニ階、通称『シニ棟』に収容されている死刑囚・藤城杏樹。ひとり独房で、もはや誰も読む者のいない小説を書き綴る藤城のもとに、ある日、珍しく面会者が訪れる。


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 担当が面会を告げに来た時、ヒカリか、と色めきたったけど、担当の口から出た相手は母だった。

 面会室でアクリル板越しに4年ぶりに向かい合った母は、オレの記憶の母よりもずっと年老いていて、苦労がいたるところから窺えた。

 その苦労の原因が、他でもないオレにあることは、オレ自身が一番分かっていた。

 母──というよりも、すっかりおばあちゃんになってしまった彼女は、殺人鬼と成り果てたオレを、どういう思いで見ていたのだろうか。

「忘てあげ。忘れてあげ」

 母が最初に口にした言葉がそれだった。

 一体何のことを言っているのか、問い返さずともヒカリのことを言っているのだと理解できた。

 4年の月日は、母をすっかりおばあちゃんに変えてしまったけれど、声だけはオレのよく知っている──時には怒り、時には叱り、時にはオレをどやしつけてきた──あの日のままの母の声だった。


 それから数分間、母もオレも何も言わなかった。

 母は何かを口にすれば、怨みの言葉に変わってしまいそうなのを恐れているかのように、涙をいっぱいにため込んだ瞳で、真っ直ぐオレを見据えたままだった。

 立会担当が時計を意識し始め、そろそろ面会時間が終わろうとしている時、母は結んでいた口を開いた。

「帰っといで。

真っ白ぅなってお母さんとこ帰っといで。

それまで、あんたの人生でやってきたことをちゃんと逃げんと償いや。

苦しくても、最期まで頑張り」

 長い言葉ではなかったけれど、その言葉の中には、目一杯の愛情が込められていた。

 親にとって、我が子は何歳になっても、子供のままだという。何歳になっても、人殺しになっても、死刑囚になっても。

 オレは声を上げて、母の前で泣きじゃくった。泣きじゃくるオレは、弱虫で、あかんたれで、甘えたぁで、なに一つ成長できていないチビそのものだった。

「ごめん......オカン......ホンマ......そんな......そんなつもりなかってんけど......こんな人生にしてもうて......ホンマ......ホンマにごめんっ」

 幼稚園児の頃、母の財布から一万円札を盗んだ時に、母は初めて涙を見せた。あの時の母の涙を見て、少しでも反省していれば、もっと違った形の人生になったのではないだろうか。


 その日から母は、ヒカリに託していたバトンをまた受け取り、オレのところに面会に来てくれていた。

 前刑、二人三脚で乗り越えた10年だったけど、気がつけばまた、母と2人になり、母にこうして支えられていた。





写真はイメージです