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【猟奇】死体損壊「バラバラ殺人事件」史 〜その元祖はあの観光名所

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バラバラ殺人事件の元祖は、今や観光名所

 3月18日、神戸地裁は、神戸市長田区で2014(平成26)年9月、小1女児をわいせつ目的で誘拐し、殺害。その後遺体をバラバラにし裏山に捨てた「神戸小1女児殺害事件」の被告に死刑判決を下した。

「神戸小1女児殺害事件、被告に死刑判決 神戸地裁」
(朝日新聞DEGITAL/2016.3.19)
http://www.asahi.com/articles/ASJ3K4QVHJ3KPTIL023.html


 殺人と死体損壊がワンセットになった殺人事件を俗に「バラバラ殺人事件」という。

 この常軌を逸しているとしかいえない猟奇殺人事件の元祖は、1888年にイギリスで発生した「切り裂きジャック事件」である。売春婦ばかり少なくとも5人がメスのような鋭利な刃物で喉を切られたうえ、臓器を摘出されたというのだから陰惨極まりない。

 日本では、1919(大正8)年に新潟県で発生した鈴弁殺し事件が初のバラバラ殺人事件とされている。高利貸の通称・鈴弁に借金していた農商務省勤務の技師が返済に困って殺人を犯し、死体をバラバラにして遺棄した事件である。しかし、この時点ではまだバラバラ殺人という言葉は使われていなかった。

 初めてバラバラ殺人という言葉が使われたのは、1932(昭和7)年に東京都で発生した「玉の井バラバラ殺人事件」だ。3月7日、「お歯黒ドブ」と呼ばれる玉の井の用水路から、成人男性の胴体の一部と首が発見され、東京朝日新聞(現在の朝日新聞東京本社版)が「バラバラ惨死体」と報じると、その強烈なインパクトのある呼び名が一気に定着したのである。

 この玉の井という土地だが、東京のどこにあるのかというと、いまや下町の観光名所として国内外の観光客が引きも切らない東京スカイツリーの目と鼻の先である。

 現在はいたって穏やかな下町らしい下町だが、かつては東京有数の赤線地帯――政府に公認(黙認)された売春街だった。耽美派の代表作家・永井荷風による『墨東綺譚』の舞台でもある。