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少年Aを相手にした?風俗嬢が抱える闇

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2016年2月18日発売の「週刊文春2月25日号」に〝元少年A〟の近況が報じられ、各方面で波紋を呼んでいる。かつて彼が暮らしていたという土地の風俗嬢が重い口を開いた。


〝少年A〟の影に怯えた風俗嬢たち


彼が事件を起こして以来、さまざまなマスコミが追いかけている。とくに医療少年院を退院してからの足取りに関しては、さまざまな記事、憶測が飛び交っている。

たとえば、親の出身地とされる愛媛県某所の造船所で働いているという話が、実しやかに囁かれていた。
そして、2006年頃だろうか。ある週刊誌に『元少年Aが松山市の風俗街に頻繁に出没している』と報じられたのだ。つまり、ユーザーとして風俗店を利用しているというのだ。

「当時は地域は明かされなかったけど、道後の風俗街だったことは明白やけん。働く女のコはもちろんのこと、スタッフも含めてパニックになったんよ」

松山弁(伊予弁)で、そのように答えるのは現在、50歳になるマナミさん(仮名)だ。彼女は現在は専業主婦であるが、その当時、道後のファッションヘルスで働いていた。筆者とは、その当時に知り合い、今回の報道で彼女のことを思い出し、コンタクトを取った。

その前にまず、当時の松山市道後の風俗事情であるが、観光名所にもなっている道後温泉本館の周辺には、戸建てのファッションヘルスやソープランドがあり、1階から最上階まで風俗店が入っている"ヘルスビル"が数軒あった。また、市内にはデリバリーヘルスが200軒以上もあり、道後周辺のホテルへ派遣を行っていた。

そして、現在は、ほぼ壊滅してしまったものの、道後温泉本館の裏手には、ちょんの間が建ち並ぶネオン坂があった。

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道後温泉本館にかつてあったネオン坂

つまり、当時の道後には表裏問わずに多くの風俗嬢が行き来していたことになるが、そこに降って沸いた元少年Aの話である。同地には、かなり多くの不安が芽生えたのは言うまでも無い。

まず、別の報道になるが、元少年Aが松山市内のゲームセンターで働いているという話を掲載した。その直後から、各ゲームセンターには「当店は元少年Aの勤務場所ではありません」という旨の貼り紙をするほどで、町全体が過敏になっていた。

実は筆者は、その件を検証すべく、当時、松山入りをしていて、道後の話を聞き、客のフリをしてマナミさんに出会ったという次第だ。

当時の道後の緊張感として思い出すのは、筆者は言ってみればヨソ者だ。現地の人々は普段見ない顔に対して警戒しているようだった。

そして、あるファッションヘルスに入った時のこと。まず、待合室に通され、なぜか、座る場所を指定された。その椅子に座って待つこと5分。スタッフがやってきて、「申し訳ありません、現在、ご案内できるのは彼女だけです」と一枚の写真を持ってきた。それがマナミさんであった。

部屋に案内されると、マナミさんはまず、「ごめんなさいね、ウチしかおらんで......」と謝ってきた。しかし、この部屋に来るまでに、いくつかの部屋の前を通ったが、女のコが一人で待機しているのが見えたので、「別に構わないけど......他のコは予約が入ってるの?」と聞いてみた。

すると、マナミさんは苦笑いをしながら

「みんな、ナーバスになってるんよ」

と言った。