連載第46回 第三章(十一)
【ここまでのあらすじ】覚せい剤に溺れ、罪のない3人もの命を殺めた元ヤクザの藤城杏樹。一審で死刑判決が下されると、幼なじみの兄弟分龍ちゃんや恋人のヒカリは必死になって控訴をすすめるが、杏樹は死刑を受け入れることを選択する。そして死刑判決が確定した杏樹は、多くの死刑囚が収容されている☓☓拘置所内の四舎ニ階、通称『シニ棟』へと送られたのだった。

言ったもん勝ち。いや正確には、言い続けたもの勝ち、か。死刑囚それぞれに挽歌が流れていく中で、奇跡の扉が開かれた。
オレが見ている限り、担当も死刑囚も、もちろん鬼ガワラだって、唖然とした表情を崩すことなどできなかった。
まだ宮崎が生きて帰って来た、と言われたほうが、真実味があった。それくらい信じることができなかった。
なんとなんと、横山のやっさんの再審請求が通り、ついに審理が再開されるというのだ。
昼食後、やっさんは、シニ棟(四舎二階)から未決区へと生還していった。
再審が決定したからといって、無罪が決まったというわけではないので、即日釈放という訳にはいかないが、それがどれくらいの快挙かということは、問われなくても皆わかっていた。再審の扉というのは、それほど開くことが難しく、請求している死刑囚の割合から言えば皆無といっても、乱暴な話ではないだろう。
ましてや、横山のやっさんだ。素人目にも真っ黒にしか思えず、胡散臭いったらありゃしない。
毎回話す内容が、変幻自在に変わるのだ。聞かされる側も、はじめのうちこそツッ込んで正したり、確認し直したりしているが、次第にアホらしくなって、今ではチュンと鳴くスズメすら相手にしないというのに、そんなヨタ話を、裁判所が相手になろう、というのだ。法廷はフシ穴か!?
フシ穴だわな......。
シニ棟を去る時のやっさんのあの嬉しそうな顔! ショボくれきった目をパチクリさせながら、真っ赤な猿顔を沸騰させまくっていた。
そんな顔を見ながら、心の端っこの部分では喜んでいた自分がいた。我ごとのように、とまではいかないけれど、それでも、同じ時を共有し、同じ地獄を見てきた同士だ。
うらやましいじゃねえか、コンチクショウ!
コンチクショウだけど、やっさん! どんな事しても戻ってくんなよっ!
得意のホラ吹きまくってでも、裁判官をやり込めちまえっ! 生きてもう一度、娑婆の土を踏んでみせてやれっ!
やっさんの、無罪が紙面に踊ったのは、それから半年後の、深まりゆく秋の朝だった。
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