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連載小説『死に体』

第45話  届かぬ手紙、届かぬ思い

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連載第45回 第三章(十)

文/沖田臥龍

【ここまでのあらすじ】覚せい剤に溺れ、罪のない3人もの命を殺めた元ヤクザの藤城杏樹。一審で死刑判決が下されると、幼なじみの兄弟分龍ちゃんや恋人のヒカリは必死になって控訴をすすめるが、杏樹は死刑を受け入れることを選択する。そして死刑判決が確定した杏樹は、多くの死刑囚が収容されている☓☓拘置所内の四舎ニ階、通称『シニ棟』へと送られたのだった。


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 宮崎が彼岸の人となってしまって、3ヶ月が経とうとしていた。

 遭難しそうなほど酷寒な日々は過去のものとなり、死刑囚も世間の人と同様、厚かましくも、春という季節を迎えた。

 そんな中、オレは小机の上に広げた学習帳(ノート)を疑視して、自分でつけている過去の受信記録を見直していた。

1週間も、ヒカリから手紙がこなかったことは今までなかった

 昨日も同じように調べていたのでそんなことは判っているのだけれども調べずにはおれず、調べたら調べたで、いてもたってもおれない不安に苛(さいな)まれている、というわけだった。

 なにかあったのだろうか。これまでにも2、3日、手紙が届かないことはあった。そんな時は決まって4日後に、まとめて3、4通の手紙が届けられた。

(今回はなにかの手違いで、それが6日かかってしまっただけだ......)と言い聞かせて、昨日は自分を慰めることに成功した。その説を強引に、今日まで引っ張ってみようと努力したが、少し無理があった。

 なにがあったのだろうか。

 外の社会では、こんなこと気にもならないどころか、電話一本でことは足りる。しかし、ここは地獄と呼ばれたシニ棟(四舎二階)。社会の電波など、ぶっちぎりの圏外だ。取るに足らないことでさえ、即刻、死活問題に発展していく場所だった。

 人道にもとる行為をさんざん繰り返しておいて、よくもまあ、おめおめと笑ったり、哀しんだり、勝手気ままに生きられるものだ、と社会の人たちには怒られるかもしれないが、死刑囚とはいえギリギリ人間だ。感情はある。

 母からは「鬼の子」と言われたが、鬼ではない。

 血も涙もない獣に限りなく近いとはいえ──改後の見込みもまったくなし、と裁判官から太鼓判を押された身とはいえ──それでもかろうじて人間の気持ちを持っている。踏み外してしまった人の道に、犯した罪の大きさに、処刑台へと上がるその瞬間まで苦しみ、何度も何度も後悔して後悔して後悔して、結局、殺されていく。死ぬ瞬間まで、殺されるぎりぎりまで、後悔を引きずる。それが、死刑という極刑の重さだ。

 あるハードボイルド小説の中で、ニヒルな主人公が、こんなかっこいいことを言っていた。

「オレは、後悔をしない。たとえ首を括(くく)られることになったとしても、オレは自分のやってきたことに後悔はしない」

 素晴らしいよ。いつだって小説や映画の中の男どもはかっこいい。

 だが、そんな桃源郷へ出かけてしまった者ならいざ知らず、人間はみんな後悔しながら生きておるのだ。それが、人の良心だと思う。そして、死刑囚だってギリギリ人間なのだ。

 誰もが生まれた時から死刑囚ではない。よく言われるけれど、みんな生まれた時は、例外なく赤ちゃんなのだ。

 人は、そうそうなりたくても、心からのモンスターにはなれやしない。偽りながら、取り繕いながら、自分という配役を演じておるのだ。オレはそう思う。

 生きることが、どれだけ苦しいか。現実が、どれだけ辛いか。むしろ心がなくなってしまえば、とさえ思う。そうすれば、苦しまずにおれるから。至極、身勝手な言い分だけど、それくらい生きることが苦しい。

 なのになぜ、今もこうして生きたいと願うのか。それはたった1人でも、自分のことを「生きて欲しい」と願ってくれる人がいるからだ。誰もそう思ってくれず、すべての人が自分の死を望み続けているとすれば、今よりもっと生きるということが辛くて哀しいだろう。

 もしもだ。もしもかりに、ヒカリに男ができたというのであれば、それでも構わない。

 よくはないけれど、構わない。

 結婚してしまっていても構わない。

 ただ、オレの身体が冷たくなるその日まで、オレを愛しているかのように演じきって欲しいだけだ。

 儚くても、夢を見させて欲しい。都合いいけど、彼女に愛されていると感じながら、首を括られたい。

 そんな権利がもうないのはわかっている。けれど、ボランティアだと思って、それに付き合い、見事な演技を見せて欲しかった。

 オレの言ってることは、最低だ。男として情けない。

 でも、それが本心だった。

 もしも、死んだ後に次の世界があって、空の上から見守ったりすることができるのであれば、いつまでも、ヒカリのことを見守り続けてみせるから。

 嘘でもいい。最期の瞬間まで、その嘘を貫き通して欲しかった。


 週が明けても、やはりヒカリからの手紙は、来なかった。