>  > 我が子を2人殺し1人に大けがさせた母親は永山基準からいっても死刑でよかろう
元極道の異色作家・沖田臥竜のニュース解説  「プロ」はニュースはこう読む!

我が子を2人殺し1人に大けがさせた母親は永山基準からいっても死刑でよかろう

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神奈川県警厚木署は13日、小学5年(11)の長男の首を締めて殺そうとした容疑で同県厚木市の母親(39)を逮捕しました。署員が母親の自宅に駆けつけたところ、2階の寝室で、小学1年の長女(7)と幼稚園児の次男(5)が倒れて死亡していました。厚木児童相談所や厚木市によると、この母親から育児の悩みなどについて電話で相談を受けていましたが、虐待の兆候などは見られなかったといいます。


当たり前が、尊い


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写真はイメージです

 子育てが大変なのは、申し訳ないが誰も同じである。だが、私を含めて、世の中の人々の「今」があるのは、自分たちの親が一生懸命育ててくれたおかげである。

 子育てを放棄してしまった一部の者を除き、親という立場に立った人は、大なり小なり悩みや苦しみを抱えながら、子供を大きくするために無我夢中で頑張っている。

 親になれば、生んでくれた親のありがたみをよく分かると言われるが、私自身が人の親となり、今ではそのことをつくづく実感させられるようになった。

 でも、親なら誰しもが、当たり前にやっていることなのである。多くの親がそうやって、子供を大きくしてきているではないか。

 子育てに困憊(こんぱい)し、病んでいたとか、ノイローゼ気味だったとか、悪いが一切通用しないと私は思っている。

 自分の苦しい、辛いばっかりで、たどり着いた結論が、「子供たちを殺し、自分も死のうと考えた」か。だったらすまんが、なぜ、のうのうと生きておる? 3人の我が子に手をかけておいて、しかもそのうち2人もの子供の命を奪っておいて、死に切れなかった......は、ないんじゃないか。

 母になった時、母親としての覚悟がなかったのか。責任感は芽生えなかったのか。紆余曲折あったにしろ、ここまで、母親としてがんばってきているではないか。頑張ってきたからこそ、上の子は、11歳の年齢に達しているのではないのか。

 かりに病んでいたとしても、「あと3年、この子たちのためにがんばろう」と思ってほしかった。そうして3年経ったら今度は「あと5年だけがんばろう」と考えてほしかった。

 そうやって育てていくうちに、小さかった子供が大人となり、辛かった過去も笑って振り返れるようになり、「この子たちを産んで良かった」と、親だからこそ得られる特権を感じることができたのではないだろうか。

 もちろん私の言っていることは、母親ならざる第三者が好き勝手に言っているだけの極論である。そりゃ、男親と女親の違いも無論あるだろうが、だが私の周囲の母親は、みんな楽しみながら、一生懸命子育てをがんばっている。そんな姿を見るにつけ、当たり前のことを当たり前におこなうことがどれだけ美しく、どれほど尊いものであるか、痛切に感じている。

 旦那さんも容疑者のSOSに気づけず、今ごろ後悔に苦しんでいると思うが、せめて長男の心の傷痕だけは、少しづつでも和らげてあげて欲しい。




沖田臥竜
兵庫県尼崎市出身。日本最大の暴力団組織二次団体の元最高幹部。前科8犯。21歳から29歳までの8年間服役。その出所後わずか半年で逮捕され、30歳から34歳までまた4年間服役と、通算12年間を獄中で過ごす(うち9年間は独居)。現在、本サイトで小説『死に体』を好評連載中。