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連載小説『死に体』

第41話 それこそガキの時分から

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連載第41回 第三章(六)

文/沖田臥龍

【ここまでのあらすじ】覚せい剤に溺れ、罪のない3人もの命を殺めた元ヤクザの藤城杏樹。一審で死刑判決が下されると、幼なじみの兄弟分龍ちゃんや恋人のヒカリは必死になって控訴をすすめるが、杏樹は死刑を受け入れることを選択する。そして死刑判決が確定した杏樹は、多くの死刑囚が収容されている☓☓拘置所内の四舎ニ階、通称『シニ棟』へと送られたのだった。


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 先に面会室に入り、パイプイスに座っていた客人は、すでに号泣していた。もうオレが死んでしまったと勘違いしてるんじゃないかと思うくらい男泣きしていた。

「兄弟が泣いてまうから、オレまで泣いてまうやん」

 客人──龍ちゃんを見た瞬間に、オレも込み上げてくるモノを抑えきれず、涙の雨を降らせた。




 長い付き合いだった。小学校に入学してからだから、もう25年になる。

 ガキの頃からの兄弟分。

 龍ちゃんは、時折、息を詰まらせたむせび声で言った。

「ごめんやで......ワシ......ワシ......なにひとつ兄弟の力になってやれんで......兄弟のこと助けてやれんで......ホンマにごめんやでっ」

 いつからだろうか。

 父親がいなかったことも、無意識のうちに関係していたのかもしれない。男は泣いたらいけないものだと、自分に言い聞かせて生きてきた。辛くても、悲しくても、人前では涙を見せずに生きてきた。

 そのオレが、また泣いてやがる。

 10年の刑期を言い渡された時も、涙は流さなかった。

 泣いたところで、なにひとつ変わりはしないことは知っている。それなのに、泣かずにはいれないことが我が身に多過ぎた。

「なにを言うてんねんな。兄弟はなにも関係ないやんか。もう謝らんといてえな。謝られたりされたら余計に辛なるから兄弟、もう謝らんといてえな」

 龍ちゃんは出所したその足で、オレのところへと面会にやって来てくれたのだった。

 以前、刑務所から届けられた手紙には、〈もし控訴しなければ、兄弟分の縁を切る〉とまで書かれていた。そこまでしてでも、オレに控訴させようとする龍ちゃんの気持ちがありがたかった。心に沁みた。

 けど、オレはそれでも控訴せずに、こうして死の旅路へと進む道を自ら選んだ。

 早く死にたいわけではない。生きたいというよりも、(死にたくない)(死ぬのが怖い)と言ったほうが正直だろう。それでも、控訴はできなかった。怖くて、恐ろしくて、死にたくなくても、控訴することはできなかった。

 もしかしたら、あの弁護士の先生にすべてを託していれば、未来は別のものになっていたかもしれない。でも、オレがこの世に生まれ落ちてきたおかげで、3人もの人が、見るも無残な最期を遂げたのだ。この事実だけは、なにをどう取り繕ったところで、動きはしない。

 もしも控訴していれば、多分、今よりも辛かったと思う。もうオレに生きる資格は残っていなかった。

「龍ちゃん、あんま泣かんといてや。それ以上、泣かれてもうたら、早よ死ななあかんのちゃうかって気がしてくるやん」

「なにゆうてんねん。杏っちゃんみたいなやりっ放し、向こうがまだ来てくれるな言いよるわ」

 龍ちゃんは、泣き笑いの表情を作ってそう言った。「龍ちゃん」「杏っちゃん」いつしか、互いのちびの頃の呼び名で呼び合っていた。

 あの頃からずっと、龍ちゃんだけはオレの味方だった。変わり者でへそ曲りのオレを理解してくれていた。

 オレも龍ちゃんも、オレが起こした事件のことには一切触れなかった。いまさら触れても意味がない。そのことをオレも龍ちゃんも、嫌になるくらい、理解していた。

 過ぎたことは変わらない。終わったものは始まらない。泣き言を言っても現状はなにひとつ変わらないし、過去へと戻ることはできない。それが、オレや龍ちゃんが生きてきた世界だった。

「......あんな、杏っちゃん。オレ、カタギなろう思てな」

 会話の中の、わずかにできた空白を埋めるように、龍ちゃんは唐突に切り出した。もしかしたら、今日、龍ちゃんはこのことを告げに来たのかもしれないと思った。

何をゆうとんねんっ、たかだか2、3年、中おっただけで、懲役さぶなったんかいっ

カタギなるて、30過ぎたオッサンがいまさらなにできんねん。やめとけっやめとけっ

 過去のオレなら、そう言って笑い飛ばしただろう。だけど今のオレには、その原因の一部が、オレにあるような気がして、ただうつむくしかなかった。

「ちがうで杏っちゃん。なんも杏っちゃんのせいとか、そんなんとちがうねん。もうすぐ娘も4歳なるしな、嫁さんに最後の面会で泣かれてもうてな。ここらが潮時かなって、思たねん。

 ヤクザで飯食える時代と違うしな」

 龍ちゃんはそう言うけれど、やはりオレのことが無関係ではないだろう。

(そうか、あの赤ちゃんだったえみちゃんが、もうすぐ4歳になるのか......)

 10年の懲役から社会へと戻ってきた時、父親になっていた龍ちゃんを見て、不思議な気持ちになったことを覚えている。ヤクザとはいえ、30にもなれば、チビの一人や二人いてもなんら不思議なことではないのだけど、オレの体内時計の針はハタチのところで静止したままで、ガキの頃からずっと身近にいた龍ちゃんに子供ができたと聞かされても、龍ちゃんの面影を宿した赤ちゃんを目の当たりにしてもまだ、なんだか信じられなかった。

「そろそろ、よろしいか」会話の途切れたタイミングを見計らって、会話の内容を記していた看守部長が面会終了を告げた。

「杏っちゃん」

 パイプイスから立ち上がった龍ちゃんは、両の掌をアクリル板へと押し当て、力のこもった目でオレを見た。オレも立ち上がり、アクリル板越しに、龍ちゃんの掌に掌を重ねた。

 また流れ出した涙のせいで、龍ちゃんの顔が揺れた。

「杏っちゃん、もう泣いたらいかん」


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(杏っちゃん、もう泣いたらいかんっ、泣くな、杏っちゃん!)

(だって、だって、しょういちくんが、ぼくのチョロQとってんもんっ)

(オレが取り返して来たるから、男やったら泣いたらいかんっ)

 そう言って龍ちゃんは──殴り込みというのだろうか──2つも年上の4年生のところへたった一人で出かけて行き、大きなコブをオデコにこさえてきたけれど、掌の中にはチョロQを握りしめて、戻ってきたのだった。

 あの時と、なにも変わらない声だった。

「負けたらあかん。なにがあっても負けたらあかん。苦しいのもわかってる。怖いんだってわかってる。それでも負けたらあかん。最期の最期まで、強いとこ見せたってくれっ!」

 龍ちゃんの言葉に鳴咽を漏らしながら、オレは何度もうなづいた。

 龍ちゃんはいつまでも「泣いたらあかん」と繰り返した。いつしか、その声も、涙声にかわっていた。




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