運動経験ゼロの男が、大舞台を前に29歳で"初めての努力"

渋谷莉孔(以下、渋谷) ちゃんと格闘技を始めたのは、「TTF CHALLENGE 02」(2014年9月)でした。初めて自分より強い人と闘うことになり、今所属している「和術彗舟會HEARTS」に入ったんです。初めてスパーリングしたのも、ここです。
──それまでは、完全に一人で練習していたんですか?
渋谷 一人ですね。まぁ、試合で知り合った友達とかと練習はしていたんですけど。
──TTFでは、パンクラスのスーパーフライ級1位だった古賀靖隆選手と対戦(延長判定3-0で渋谷選手が勝利)したんですよね。
渋谷 そこで初めて、努力して掴みとる快感を知ったんです。「やっと?」みたいな(笑)。それまでは、対戦相手に対して「勝てる」という自信が確実にあったから。ドラクエで言うと、レベル30くらいなのに最初のステージのアリアハンにいるみたいな。
──「努力しないと、今の俺のままじゃ勝てないぞ」と初めて認識したのが、古賀選手だったんですか?
渋谷 さすがに、それは思いましたね。そこから、格闘技スタートって感じです。それまでは、本当にムダに過ごしてました。
──試合を観ていると「ケンカが強かったんだろうなぁ」という気がするんですが。
渋谷 でも、高校くらいの俺はブーツとか履いてましたからね。ナイフも持ってたし。ナイフは、外から見えてるくらいに持ってたんで。
──危ない系だったんですね......。
渋谷 危ないというか、10年くらい前はナイフを持ってても怒られない時代だったじゃないですか?
──10年前って、そんな時代でしたっけ......。じゃあ、今の試合のようにフィジカルでケンカをしていたのではなく。
渋谷 そんな感じじゃないですね(苦笑)。(頭を指して)コッチでっていう。
──頭脳系の。
渋谷 運動神経、本当に無いんです。走るようになったのも、2年くらい前からです。それまでは、みんなが当たり前のようにやってるジョギングとかも「自分はいいや」って。ダンベルとかも、やったことなかったですし......。
──本当ですか!? 前回の試合(エウジェニオ・トケーロ戦)、渋谷選手の動きが凄くて惚れ惚れするくらいでしたよ。
渋谷 あの時はもう、ガッチリやってますから。ガッチリやれば、ああいう動きになります。でも、まだまだ上がってますよ。
──THE OUTSIDERは"遊び"だったとのことですが、現在では完全にスイッチが切り替わっていますね。

渋谷 やっぱり、TTFで初めて味わった「強い人と闘う」というストレスですよね。そのストレスから何とか脱するために生き抜こうとして、努力して、なおかつ叶ったっていう。今まで努力したことってないし、掴みとったっていうのもなかったんですよ。"取れる範囲"のものを取ってる感覚しか知らなかった。でも"取れない範囲"のものを目指し、「あっ、取れた!」って。その感覚にハマってから、やっと努力するようになりました。29歳の時ですよ? 29歳、初めての努力(笑)。それまでの29年間で一番嬉しかったですね。
──TTFに上がることになった経緯は、何だったんですか?
渋谷 オファーです。大会側としては、誰でも良かったと思うんですよ。
──抜擢ですよね。
渋谷 誰もが「勝てない」と思ってたんで(苦笑)。
──マッチメイクとしても、正直、有り得ないものでした。誰でもいいから選手を探してて「スケジュール空いてる奴がいる」って感じだったんでしょうか?
渋谷 そうだと思います。
──運ですよねぇ。
渋谷 本当、運ですよね。
──今回の試合に向けて、ここ(和術彗舟會HEARTS)ではかなりシゴかれたと思うんですが......
渋谷 そうですねぇ(苦笑)。
──どういう練習メニューだったんですか?
渋谷 スパーリングです。今まで、実戦トレーニング無しで試合してたんですよ。それまでも寝技をやってはいたんですが、本気で取り組むのは恥ずかしいみたいなイメージがあって。「100%の力でトレーニングするのはダセえ」みたいな。
──特に29歳くらいになると、「本気の姿を見せられない」という心境になるのもわかります。
渋谷 はい。でも、やらなきゃいけないからという感じでした。組み合いも、初めて本気でやって。かなり、泣かされました。力出ないし。
──和術彗舟會HEARTSを練習場所に選んだのは、何か理由があったんですか?
渋谷 以前、試合に出た時ジャッジしてくれたのが、このジムの大沢ケンジ代表だったんです。で、家の近所でジムを探してて、ここに来たら大沢さんがいて。
──えっ、偶然再会したんですか?
渋谷 はい。「じゃあ、ウチ来なよ」ってことで普通に入って。今も、会費は払ってますから。
──今もですか! では、大沢代表は渋谷選手にとって恩人になりますね。
渋谷 そうですね。

「和術彗舟會HEARTS」大沢ケンジ代表と