ここ10年ほど、安定した旅行者数を誇る海外旅行。それに伴い、海外で日本人が事件に巻き込まれる件数も増えている。海外旅行に、ホームステイ、海外出張......、国外で日本人が身を守るにはいかなる心構えと準備が大切なのだろうか? 海外駐在員や長期旅行者向けのトータルサポート企業を経営しているA氏に、実際に起きている被害とともに、その対処法を聞いてみた。
誘拐多発地帯アフリカ
A氏(ライフプランニング会社経営者)
──お仕事柄、海外での犯罪にお詳しいと聞きました。
「被保険者が、海外で犯罪に巻き込まれた場合、保険会社は大きな損失を受けます。我々は、四六時中、海外での邦人を狙った犯罪に目を光らせているのです」
──日本人にとって海外は危険ですか?
「断言できます。ものすごく、危険です」
──具体的に、最も多いのはどのような危険ですか?
「海外に出たときに、最も注意しなくてはならないのは誘拐です。これは、今も昔も変わりません」
──現在だと、日本人の誘拐が多いのはどの地域ですか?
「近年 邦人の誘拐が増加しているのが、アフリカです」
──確かに何年か前に、アフリカ各地での誘拐事件が連続で起こりましたが、ここのところはあまり目にしませんが。
「事件化されないケースが多くなっているからです。もともとアフリカ内の日本人のほとんどが、大手商社の駐在員です。誘拐に関して騒ぎ立てないのが、企業間の暗黙の了解となっているのです」
──警察に届けられずに、企業によって、身代金が払われているということですね。
「そうです。そして、もちろん誘拐グループもそのことを熟知しており、誘拐をビジネスとして捉えています。誘拐件数自体は、圧倒的に増えていますが、表面に出てくることがほとんどなくなっただけなのです」
──実際に情報が入っている事例を教えていただけますか。
「これは2年ほど前に起きたものですが、誘拐されたのは30代のソマリア在住の日本人駐在員です。アフリカ産精油製品の大量輸入計画の担当者でした。任期は1年の予定でしたが、運悪く、その間に誘拐されたのです」
──ソマリアですか。元漁民が武装して商船を狙った海賊行為を繰り返して国際問題になったりと、かなり治安が悪いと聞きますね。
「はい。その企業と専属契約させていただいているのが我々ライフプランニング会社でして、出張が決まったら、特別講習をいたします」
ソマリアの首都モガディシュ
──特別講習?
「海外での事情は、日本人の想像の範囲を越えていますので、頭で理解するのは不可能に近いのですが、それでも様々な情報を知っているに超したことはありません。政治目的の誘拐、ギャングによる誘拐、などなど、様々なパターンの危険な事例について説明いたします。ご家族が同行されるならば、ご家族も一緒に講習を受けていただきます。狙われるのは、ご本人ばかりではありませんので」
──実際には、どのようなことに気をつけたほうがよいのでしょうか?
「まず現地に入ったら、目立たないことが最重要ですね。誘拐ブループは常に新しい獲物を探していますから。また、近年の誘拐事件の特徴は、ターゲットに対して綿密な下調べがなされる点です。常に周囲に対する警戒を怠らないことです」
──どのようにして下調べをするのですか?
「一見普通の人間に扮してターゲットを尾行、監視します。普通のカップル、バイク、電話会社の車......、ありとあらゆるものに扮していますので、周囲の人間を絶対に信じてはいけません 」
──監視されている兆候を見逃さないということですね。
「特に、自宅、勤務地付近に不審人物や不審な車を見かけたり、身に覚えのない郵便・宅配物が来たり、無言電話が増加したりといった、サインを見逃さないことです。まれに警察官に扮して職務質問をしてくる場合もあります ので、注意が必要です」
──街中で目をつける意外に、誘拐グループはどうやってターゲットを定めているのですか?
「誘拐組織は、日本企業の主な社員の顔写真と、その個人情報を裏ルートから入手しています。見込める身代金額までも算出されております」
──まさに、誘拐システムですね。
「さらに接近の容易さ、一定の生活パターンがあり誘拐実行時の時間・場所が計画可能であるか、防御力が弱いか、なども数値化されています」
──先ほど話が出たソマリア駐在員の方も、そうして狙われたのですね?
「はい。大手企業の重要なプロジェクトの担当者でしたから、身代金が見込めると踏まれたのでしょう」