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連載小説『死に体』新章第三章スタート!

第36話 奴の右目にボールペンを突き立てなかったことを心底後悔した

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連載第36回 第三章(一)


【ここまでのあらすじ】覚せい剤に溺れ、罪のない3人もの命を殺めた元ヤクザの藤城杏樹。一審で死刑判決が下されると、幼なじみの兄弟分龍ちゃんや恋人のヒカリは必死になって控訴をすすめるが、杏樹は死刑を受け入れることを選択する。そして死刑が確定した杏樹は、多くの死刑囚が収容されている☓☓拘置所内の四舎ニ階、通称『シニ棟』へと送られた。


 はっきり言って、死ぬほど後悔した。

 死ぬことが、処刑台に上がるためだけに暮らすことが、これほどまでに苛酷な恐怖かと、知りたくもないのに初めて知った。

 金曜日の朝を迎えるたび、控訴しなかった過去のオノレを呪い続けた。

 だけど、もしも過去に戻れたとしても、オレはやはり控訴しなかっただろうと思う。

 ケジメとか筋とか、そんな上等なもんじゃないけれど、それが最期に残された人の道だからだ......。

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 今日という今日は『許さん』と思った。『もう許さんっ』と思った。

 地獄と同義語の"死への待ち合い室"、このシニ棟に収容されて、この12月を送れば、1年が経つ。

 その間、オレはたいがい我慢してきた。

 ただでさえ絶望や恐怖との共同生活を余儀なくさせられているというのに、それとまったく関係のない人間関係なんぞで、いらぬストレスをなぜ蓄積せねばならんのか、理解に苦しんだ。

 人間関係など、娑婆で余裕のある生活を送る者が、悩んだり傷ついたりしながら悪戦苦闘するものであって、命とて風前の灯である死刑囚のオレが、いまさらなぜそんなもので苦しまなければならんのだ。

 オレにしては、よくここまで我慢してきたと思う。

 我慢だけではない。"奴"の傍若無人の振る舞いを目の当たりにしても、これも罪の償いのうちだ、そのうち"奴"も殺されるのだ、と思い込もうと努力だって繰り広げた。

 だけど、もう我慢ならん

 なぜに、1日1回たったの30分の楽しいはずの運動時間に、毎度毎度"奴"のおかげで、ガリガリガリガリと神経を削られ続けんといかんのだ。気の悪い思いをさせられんといかんのだ。

「最近のガキは、挨拶すらろくに出来んのかいっ! ヤクザやっとったって? フンッ! 笑わすなっ。墨ついて当番入っとったら、ヤクザちゃうぞっ。フンッ!!」

 30分の運動時間が終わり、屋上から四階へと戻ってから、各自が各房へ吸い込まれていく間際、奴──鬼ガワラのコンチクショウ──は、当てこすりのように、こんなことを抜かしやがった。

 鬼ガワラの指摘にもあった通り、ここ1週間は、運動で顔を合わせても、オレのほうから挨拶することはなかった。

 嫌いだからだ。もちろんそれも大いにある。大ありだ。

 だけど、それだけではない。

 こちらが挨拶しても、オノレの気分によってド無視するからだろうがっ!!

 オレは、我が房で顔を真っ赤にさせ、湯気が出てるんじゃないかと思うほどの怒りで身を震わせた。