>  > 山口組実録シリーズ 「菱の血判」その27 ~犠牲者は誰だ~
日本の裏社会で今、なにが起ころうとしているのか?

山口組実録シリーズ 「菱の血判」その27 ~犠牲者は誰だ~

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 創立100周年目の山口組に起きた「別れ」という離脱分裂劇。マスコミ等では分裂理由を、主に会費の高騰、と紹介しているが、血で血を洗いながら100年間も続いた組織の分裂理由はそんな単純なものではない。
「11年前に戻っただけや」
 分裂理由の真相を知る幹部たちは残念顔でこう言った。山口組は11年前から神戸一派と名古屋一派との間で確執が生じていた。脈々と沸々と続いていたものがこの度遂に分裂というかたちで表面化したのである。六代目山口組の分裂劇とは一体何なのか? 山口組に詳しい藤原良氏に解説してもらった。


組織化されたヤクザ観と伝統的なヤクザ観のはざまで


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wikipedeia「布施駅」より引用(リンク

 六代目山口組ナンバー3であり統括委員長・極心連合会会長の進退問題が世間を賑わせた。一時は、六代目山口組からの離脱の可能性を匂わせたが、極心連合会会長は残留となった。この騒動は、六代目山口組内の重要ポストにある直系組長の進退問題とあって業界内外に大きな波紋を及ぼした。

 この進退問題の発端は、約3ヶ月前に起きた六代目山口組分裂騒動についての責任問題と、その後の六代目山口組内における組織再構築の人事問題によるところが大きい。

 分裂騒動以来ずっと極心連合会会長は、統括委員長として現在の状況を招いてしまった責任を山口組六代目から批判され続けていた。さらに、執行部内では降格の声も囁かれていた。

 統括委員長の役目とは組織を調整し、ひとつにまとめることである(連載22回を参照)。であるならば、組織が分裂してしまったことについての責任が不問になることはない。だが、統括委員長としてではなく、いち直系組織である極心連合会会長という立場から言えば、分裂騒動の大きな原因は、やはり当代親分の采配不足による面もあるのではないだろうか、というのが本音である。なぜなら六代目山口組は民間企業や公務員ではなく任侠集団なのであり、トップの指導力、統率力こそがすべてだからである。

 民間企業や公務員といった組織に属するのが無個性な組織人であるのに対して、親分の信念や主義主張(任侠道)に同調して集団形成されるのが任侠集団である。それは言わば個性の集まりである。ゆえに、親分のやり方に同調も賛同もできない集団に子分として身を置く必要はない。

 盃とは、契約書のように当事者間の行動を法律や約定によって制限するものではなく、約束や契りの意味合いのほうが大きい。当然、約束内容や掟内容に変更が生ずれば、当初の約束や契りは「約束違い」「契り違い」となって無効となる。これが任侠盃と契約ごととの大きな違いである。よく、「一度交わした盃は、終生、死ぬまでの縁」とも言われるが、通常の盃事はその限りではない。「盃を水にする」といった結縁を解消する手段も存在している。ただし、何をもって約束違いとするかは、どちらか一方の言い分だけでなく当事者双方の納得と認定が必要となる。これもまた盃事が商法による契約書とはひと味違うところでもある。

 話を戻そう。極心連合会会長にしてみれば、分裂騒動の責任は、統括委員長だけでなく、山口組六代目自身にもあるのではないか、という本音がある。しかし、極心連合会会長の本音は山口組六代目に吟味検討される事はなく、現実は叱咤と総括の連続であった。

 自分は、山口組に属しており、会社のような組織に属したわけではない、というのが極心連合会会長の心中である。しかし、現在の六代目山口組の性格は限りなく株式会社六代目山口組なのである。

 その昔、現在、獄中にいる六代目山口組若頭が新若頭としてその地位に就任した頃、当時まだ若頭補佐であった極心連合会会長は、親しみを込めて新若頭に「やぁ兄弟」と挨拶した。山口組では若頭と若頭補佐は兄弟分だからである。この挨拶の仕方は、役職に基づいた組織人の挨拶というよりは「盃」を大切にした任侠的な挨拶の仕方だと言える。極心連合会会長は、そういう男であった。そんな彼を「誰に口きいとんじゃい。格下のくせに」と組織人解釈で罵倒したのが当時の六代目山口組若頭であった。

 盃は兄弟分なので、「やぁ兄弟」という挨拶は決して間違ってはいない。しかし、若頭に言わせれば、若頭が上職で若頭補佐は下職なのであるから、「『カシラ、おはようございます』と頭を垂れろ」と言うのである。そこには兄弟分という解釈はなく、たんなる役職階級の上下関係による、無個性で非人間的な組織人的解釈しかない。それが名古屋支配管理体制のはじまりだった。

 この頃から、極心連合会会長が変わった。任侠道や盃事の意味を無視した「組織」という無機質な組織論者に変貌した。そして、彼は、六代目山口組内に新設された統括委員長となった。