>  > 山口組実録シリーズ 「菱の血判」その⑲ ~シャバの6年、刑務所の6年~
日本の裏社会で今、なにが起ころうとしているのか?

山口組実録シリーズ 「菱の血判」その⑲ ~シャバの6年、刑務所の6年~

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長すぎた6年の服役


 山口組六代目は、マスコミ等で言われているほど無茶な人柄ではない。強硬な姿勢で、山口組内のすべての権力を当代に集約するシステムを構築したのは、現六代目が服役中に若頭がしたことである。彼は2005年3月に弘道会ニ代目を継承し、翌4月に山口組直参に昇格。さらに2ヶ月後の6月には山口組若頭補佐、8月には若頭に就任、と、前例のないスピードで昇進を果たしている。それらは下から押し上げられる形で上にあがったのではなく、上(現六代目)から釣り上げられるかたちで若頭になっている。つまり、誰からも認められ、支持された人事ではなく、彼に対して敵対心を持つ組員も多くいた。そんな状況下で大山口組を統率することは極めて困難であっただろうが、彼は、組織的権力と金銭を用いて組員たちを羽交い絞めにした。そこには、以前からあった神戸一派と名古屋一派の確執という状況もあった。なんにせよ、彼には、六代目が社会復帰するまでに「すべきことをしなければならない」という責務があった。責務を果たすにあたり、別の方法もあっただろうが、反感をかってまで強引に事を進めたのは他ならぬ六代目山口組若頭である。当時、一部マスコミは、若頭のことを「神」と評して、紹介ページを組んだりもしていた。

 六代目が社会復帰すると、入れ替わるかのように、若頭が収監され服役の身となった。組のことは六代目が舵取りをすることとなったが、これまで何年もの間に若頭がひいたレールを瞬時に路線変更することは簡単ではない。ましてやつい先日まで服役で長らく社会不在だった人間に、現場最前線での繊細な指揮はかなり困難である。山口組には執行部というものが存在しているが、親分を飛び越えてまで執行部が決断することはありえない。

 六代目は、長く刑務所に入りすぎていたのかもしれない(銃刀法違反により懲役6年)。

 繰り返すが、六代目は決して無茶な人物ではない。ただ、国内最大最強である山口組を束ねるには、6年という社会不在期間は長すぎたのかも知れない。多くの経験を積み、多くの知恵を持つ者だとしても、社会不在というのは大きなダメージとなる。6年間と言えば、生まれた子供がもう小学校に入学する年月である。14歳の中学生が成人式に出席するほどである。6年間は決して短くない。忘れてはならないのは、六代目が入獄する前と出所後の山口組とでは、若頭の活躍により大きく変わっていたという点である。六代目も服役中に風の便りで山口組内の状況を聞いていたかも知れない。が、聞くのと見るのとでは大違いであろう。誰かから聞くのと本人が直面するのも大違いである。

 仮に、今、六代目が、六代目ではなく、以前の様なひとりの幹部クラスだったとする。そして、跡目問題に直面した時、彼は、組長になっただろうか?。彼は、現在の山口組の組長になっただろうか? 6年間という社会不在時期を過ごし、そして、今の山口組の組長になろうとするだろうか? 6年間というダメージを理由に、推薦されても、断っていたかも知れない。それがすべての答えではないだろうか。長いムショ暮らしは想像以上に受刑者に大きなダメージを与えてしまう。ヤクザ暴力団とは言え人間である事に変わりはない。「若頭がシャバにいてくれたらこうはならなかった」という言葉はとても重い。しかし「若頭がいろいろしたからこうなった」という意見もある。今となっては、それはもうどっちでもいいのかも知れない。ただ「6年間という社会不在期間はとても長い」という事だけがはっきりとしている。

(取材/文 藤原良)