【ここまでのあらすじ】3人の命を殺めた罪で拘置所に収容中の藤城杏樹。杏樹の心の支えは、まめに面会に来てくれる恋人のヒカリやヒカリの子、英須(えいす)だった。一審の裁判で死刑判決を受けた杏樹に、控訴してほしいと必死に訴えかけるヒカリ。その姿に心が揺れる杏樹だったが、しでかしてしまった罪の大きさが杏樹に決断をためらわせる。そして今日、いよいよ控訴の期限日がやってきた。
連載小説『死に体』第35回 第ニ章(十三)
アクリル板で外界と獄の世界を遮断する、いつもの面会室へ入って来たヒカリの表情は、いつにも増して強張っていた。
「おはよ」という声も、かたく震えていた。
ムリに笑おうとする、その姿が痛々しかった。
オレは「ごめん」とだけ言って唇を噛んだ。
ヒカリは、その一言ですべてを察し、静かに涙を流した。
「杏っちゃんが決めたことやから」
オレを責めもしなかった。非難もしなかった。
「なんで、なんでこんなオレなんかにやさしくしてくれんねん」
アクリル板越しに、真っ直ぐオレを見ながら、ヒカリはこたえた。
「杏っちゃん、ほんまにアホやろ。好きやからに決まってるやんか。こんなんなっても杏っちゃんのこと」
オレのことなんて、もういいよ。自分のために幸せになってくれ。オレのことなんて忘れてくれ──そう思う気持ちも本音なら、死ぬまで愛して欲しい、ずっと愛し続けて欲しいと願う気持ちも、オレの偽りない本音だった。
オレは、子供みたいに泣きじゃくった。
「ごめんな、控訴できんで、ホンマごめんな。でも一日でも長く生きのびるわな」
ヒカリは、泣き笑いのような顔をしながら、「うん」と何度もうなづいた。

それから2週間後。
問答無用でオレは、処刑台のある拘置所の四舎二階へと移送されていった。
ただ、殺されるためだけに......。
第二章 完