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連載小説『死に体』

第34話 こんな日に限って、会う人会う人がみんな優しい

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「こんなこと、ワシの立場でゆうたら、ホンマはあかんねんけど、藤城......控訴してくれへんか」

 被っていた官帽を脱ぎながら、正担当は、まるで懇願しているような表情でオレを見た。

 それは、同情かもしれない。憐れみかもしれない。それでも、なんて優しい目なんだろう、と、ここでもオレは人の温かみに触れていた。

「まだ、藤城、31やろ。まだまだやり直しのきく歳やんか。

 やったことは取り返しつかんくても、最後まで、可能性は捨てて欲しないねん。

 ワシは職業柄、こうして色々な人間をここで見てるけど、やっぱり分かるもん。ああ、コイツは心から反省しとるな、とか、ああ、コイツはまた同じコトやりよるな、とか。

 ワシは毎日ここで、藤城みてるからようわかるねん。自分がどれだけ反省してるか、償おうとしてるか、ようわかるねん。

 苦しいと思う。辛いと思う。それでも、崩れんとキチッと生活してる態度は、ワシら官からみても立派やもん」

 オレの小説が、この場所(拘置所)から娑婆に出たのも、この人の尽力が少なからずあった。


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"検閲"と称して、一番最初の読者になってくれたのも、この人だった。

 中での生活が人より長いおかげで、この人が色々な犯罪者を見てきたように、オレも多くの刑務官と接してきた。たいていの刑務官は、制服というヨロイをまとっているせいで、その人間が持つ本質は消え失せ、四角四面のモノ言いをする者が多かったが、中にはこの人のように、人としての温かみを持って接してくれる人もいた。

 あんな取り返しのつかないコトをしてしまったというのに、まだオレを生かそうとしてくれている。

 この人だけではない。

 ヒカリにしても、龍ちゃんにしても、親父にしても、兄貴にしても、オレのおかげで大いに迷惑を被っているというのに、みんながオレを生かそうとしてくれている。

 叶うコトなら、そういう人たち一人一人に、生きて恩を返したかった。




 けれど、オレの両手は、汚れ過ぎていた

 もうこれ以上、いたずらに"生"を望むべきではない、と思った。

 みんながこうやって惜しんでくれているうちに、この世を後にしようと思った。

 もう誰にも憎まれたくなかった......。




 弁護人選任届けにも、控訴申立書にも、オレは署名を入れなかった。