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連載小説『死に体』

第34話 こんな日に限って、会う人会う人がみんな優しい

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 いいな、と思った。

 場違いだけど、山田先生の目を見て、いいな、と思った。自分の職業に誇りを持っている人の目だ。

「控訴して下さい。選任届けは1階の差し入れ窓口で入れてありますから。

 私なら、あの連続幼児誘拐殺人犯だって無期にできましたよ」

 ニヤリと山田先生は、笑みを浮かべて立ち上がった。そして踵を返しかけて、まるで演技かかったかように、こんなことをつぶやいた。

「あっ、そうそう、これはあくまで私の独り言なので、聞く聞かないは自由ですけど、確かあの方は、こんなことを言っておられたな。

『これが親としての最後の命令や。控訴せえっ。生きて帰ってこい。親のワシより、早よ死ぬなんて許さへんど』とね。

 では、失礼」

 山田先生の独り言?には、親父の物真似が入っていた。

 親父のことを逆恨みしたこともあった。

 こんなこと、しでかしておいて、(もう死ぬねんから、面会くらい来てくれてもええやんケッ!)と思ったコトも正直あった。

 まだハナタレだった頃に拾われて、歪んだ性格を徹底的に叩きのめされた。

 デキがすこぶる悪かったので、龍ちゃんなんかより人一倍、親父のゲンコツを喰らった。

 オレは片親だったから、その親父のゲンコツが嬉しかった......なんてことはまったくなく、本気でオレと向き合って叱ってくれる親父が嬉しかった......なんてことも間違ってもなく、ドつかれ、シバかれ、蹴り飛ばされるたびに逃げ出したりもしたし、ヤクザを辞めてやろう、と思ったことも一度や二度どころではない。

 ハタ目には、素晴らしい男の中の男と映っても、仕えていれば綺麗なところばかりではない。嫌なところだって見えてくる。納得のできないことだって、何度もあった。

 オッサン、ゆうてるコトちゃうやんケッ!、と反発を覚えたことだって、何度も何度もあった。


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 それでもオレは親父が好きだった。

 口に出したことは一度もなかったけれど、オレにとっては、たった一人の親分だった。

 親父には、すべての負の部分を補っても余りある、人間としての魅力があった。

 あの人の子分で、あの人の若い衆で、オレは本当に幸せだった。

 還房した後のオレは、ある種の興奮状態の中で、山田先生の話を反芻していた。

 .........本当に死刑が無期になるのだろうか。

 正担当が2枚の書類を持ってきたのは、ちょうど、そんなことを考えている時だった。

 鉄扉を開錠させた正担当は、「座っていい?」とオレに断りを入れてから、入り口に腰を下ろし、書類を1枚差し出した。受け取った書類は、先程、山田先生が差し入れして帰った選任届けだった。

 そして、もう1枚の書類も続けて受け取った。控訴申立書だった。