>  > 山口組実録シリーズ 「菱の血判」その⑭ ~暗黙の了解、そして~
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山口組実録シリーズ 「菱の血判」その⑭ ~暗黙の了解、そして~

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関東圏でかつて起こった、ある抗争事件の真相


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写真はイメージです

 以前の話ではあるが、六代目山口組発足後間もない頃、関東圏で、名古屋一派主導による某組幹部の射殺事件が起きた。

 その組は関東圏の老舗組織ではあったが、広大な縄張りの広さから、縄張りを他組織に"シマ借り"させていた。関西にはこういった習慣はないが、関東では神農テキヤの相庭(他組織同士が共同で出店するなどの習慣)にちなんで、博徒もシマを貸したり借りたりする習わしがある。

 仁義を背負ってシマ借りするのなら(編集部注 たとえば器量を認められた人間が、一代限りという条件などで、他組織の縄張りを借り受けるなどのケースがある)何の問題もないが、その"シマ"である繁華街はそうではなかった。他組織にシマ内をこれみよがしに練り歩かれ、分け合うはずだったシノギももつれるようになってしまった。要するに、老舗組織の持つその"シマ"は他組織に喰われた状況であった。

 やがて、シマを貸す側と借りる側との間に小競り合いが増え、事態は「シロクロつける」という絶対的状況へと進んだ。老舗組織の会長は、名古屋一派の後押しもあって、ついに拳銃を使った抗争を決断した。そこがヤクザとしての意地の張りどころであったのだろう。

 そして、関東圏屈指の繁華街で、銃撃による射殺事件が勃発した。事件は連日、新聞やテレビ等を賑わせた。その後、射殺事件の実行犯は逮捕され、老舗組織の会長は射殺事件の数日後に死亡した。会長は、自宅で、静かに自決していた。身を持って、すべての責任を負ったのだ。その結果、抗争は終結した。ヤクザ業界を震撼させた出来事であった。

 実行犯には、暴力団の歴史にならえば、通常、組織から慰労金が出されるものだが、この時の慰労金はなかった。それどころか裁判費用の工面すらなかった。具体的には、射殺事件を主導した名古屋一派から4000万円の慰労金が実行犯に対して渡されたと暴力団業界では言われているが、それは言われているだけで、実際には実行犯の手に慰労金が渡る事はなかった。誰がどこからいくら出そうが、本人の手の上にのっていないのであれば、「慰労金はなかった」と断言しても間違いではあるまい。

 山口組が全国制覇に向けて邁進した三代目時代にはこんな不手際はなかった。裁判費用と慰労金は正確に渡されていた。この事件は発足間もない六代目山口組の、他団体との抗争における組織としての対応を、内外にはっきり示したケースとなった。もちろん、どちらがいいとは言えない。時代の流れというものもある。だが、それまでとは大きく変わったことは事実である、とここにはっきりと明記しておく。

 今回の離脱分裂のような大きな騒動が起きても、かつてのようにすぐ抗争事件が発生しなくなった遠因は、もしかしたらこの時の記憶が、各自の心理的なブレーキになっているからかもしれない。