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連載小説『死に体』

第31話 救われないし、救いようもないし、救う価値すらない

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 きっかけは、ヒカリを信じられなくなったコトだった。

 たった、一度の出来事でオレの自信と余裕はいとも簡単に揺らぎ、いてもたってもいられないくらい、うろたえた。

 その日は英須の誕生日だったので、ヒカリは英須を連れて、実家へ帰ると言った。

 もしこの時、オレが少しでも寝過ごしていれば、せめてもう一本、家でタバコでも吸っていれば、その後に続く運命は大きく変わっていたのかもしれない。

 オレは実家に帰ったはずの2人が、家からさほど離れていない駅の近くで、別れた男と笑いながら歩いているのを、たまたま目撃してしまった。

 この『たまたま』が、後へ続く悲劇の引き金となってしまった。


 もし、オレが現場を目撃してしまったら、理由いかんに問わずブチ切れてしまい、男でも女でも、そのへんの通行人にいたるまですべて皆殺しにしてしまうんじゃないかと思っていた。そんな自分自身の凶暴性を、いつしか危ぶむようにさえなっていた。

 それがどうだ。実際そういう現場に遭遇すると、とっさにオレは車の影へと隠れてしまっていた。

 惨めさ。いや、そんな生やさしいもんじゃない。

 言えばよかったんだ、どういうコトなんだ!と。それすら聞くコトが出来なかった。

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 オレは次第に彼女、ヒカリとの暮らしの中で、優しさなんてものをすっかりなくしてしまい、荒れていった。

 そんなオレに、ある時、ヒカリはこう言った。

「ヒカ、なんかしたっ?」不安そうな顔でそう言った。

 オレは(しらばっくれやがって!)と思いながらも、理由を口には出せず、ますます荒れていった。

 理由も説明せずに、生まれて初めて女に手をあげた。

 手をあげてしまった自分自身に自己嫌悪を覚え、そのやるせなさにまた荒れた。やり場のない苛立ちは、一気にオレの中で加速していった。


 今ならわかる、ヒカリの気持ちが。

 英須はオレにとって宝物だ。何より愛している。

 だけど、本当の父親か、と言われれば、やはり本当の父親ではない。

 ヒカリと前の男が別れたと言っても、英須にとっては、いつまでたっても、お父さんはお父さんだ。

 女として別れた男と会っていれば、それは裏切り行為だろう。だけど、その男との間にできた子供の誕生日に、子供のために会うのは、仕方ないコトではないだろうか。

 子供がいる女性と一緒になるというコトは、そういうコトもすべて受け入れるコトではないだろうか。

 今ならわかる。しかしこの時のオレの狭すぎる器量では、受け入れてやるコトも、気付かぬフリを演じてやるコトも出来なかった。

 ノッてる時は、多少、強引に物事を進めても上手くいくというのに、一度つまづいてしまうと、そうしたツケが回ってきたかのように災いを独り占めしてしまうクセがオレにはある。

 タイミングよく、かけていたシノギがずっこけた。

 いつものコトだ。こうなるとオレは、踏ん張りきれない。すぐに投げ出してしまう。

 それで、シャブに手を出した──なんて、なんの理由にもなりはしない。自分自身に呆れ返り、笑うコトすら忘れてしまいそうだ。オレは10年もの間、刑務所で何を学んできたのだろうか。また、同じようなコトの繰り返しだ。

 あとは、堕ちるべくして堕ちて行き、それだけでは飽き足らず、はた迷惑にもトチ狂った。

 シャブボケがよく口にする、「盗聴されてる」だの、「張られている」だの、「みんなグルになって、オレのコトをバカにしている」だのをオレも言い出しはじめた。オレこそがシャブボケだった。

 猜疑心におかされたオレは、ヒカリの行動を監視し続け、カス野郎のように携帯をチェックして、より猜疑心を募らせまくっていた。

 やっているコトが最悪だと分かっているのに、やめられない自分。

 自己嫌悪、シャブ。
 自己嫌悪、シャブ
 自己嫌悪、シャブ

 エンドレスに続く終わりなき破滅。






 凶行は、白昼に見ず知らずの通行人、2人に向けられた。

 そして、どうしようもなくなったヒカリが警察へと通報し、オレは社会での生活にピリオドを打った。

 これで控訴など、生きたいなどと、言うコトが、許されるだろうか。


 許されないだろう......。






写真はイメージです