>  > 自分のイライラを幼い自分の子供に向け殴り殺す、という幼稚な鬼畜さを憂う
元極道の異色作家・沖田臥竜のニュース解説  「プロ」はニュースはこう読む!

自分のイライラを幼い自分の子供に向け殴り殺す、という幼稚な鬼畜さを憂う

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子供の虐待死を聞くと、私はあの事件を思い出す

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写真はイメージです

 私には子供の虐待死を聞くたびに、思い出さずにはいられない兄妹がいる。

 この兄妹、特に妹には虐待という言葉すら生易しい。妹の名はT。歳は私と同じ年。兄は二人おり、殺された兄の方は私の三つ上になる。

 この三人の兄妹は考えられない程の荒れ果てた環境で育ち、その環境が凄まじい性根を三人に宿してしまった。
 結果、兄の一人は中学卒業後に、同級生の家に住みつき、その同級生を奴隷のように扱い、果ては、その同級生にメッタ刺しされ殺されている。
 妹のTは、その殺された遺骨をかじり、ヤクザ映画さながらに、「絶対、兄ちゃんの敵をとったる!」と誓っていた。私は、当時Tの兄をメッタ刺しにした者と、同じ拘置所に収容されており、その者と所内の運動時間に話す機会があったのだが、裁判でT達家族が暴れて審理が進んでいない、と言っていた。特にその者に対するTの恨みは、かなりのものがあったらしい。
 その後どうにか審理は進んだのだが、毎回Tが暴れ出すので、その者は途中で退廷させられていおり、判決すら被告途中退廷となり、最後まで聞くことが叶わず、後で弁護士が伝えにくるという異様さだった。

 そのTであるが、兄の遺骨をかじり復讐を誓っていたのだけれども、結局それは果たされなかった。理由は、2001年八月にT自身が再婚相手と二人で六歳の我が子を殺してしまったからだった。
 この事件は、全国でも大きく取り上げられたが、殺した我が子をゴミ袋に入れ、橋の上から尼崎市内の運河へ放り投げTは逮捕されている。逮捕後もTは、「私も叩かれて育った。これはしつけや」と言い放った。そう言っ放ったTは、子供の頃から親の窃盗の手伝いを兄たちとしており、小学校の頃には、ナイフを持ち歩いて、教師達に向けているような子供だった。

 もし、この世の中に子供を産んでしまってはいけない者がいるとしたら、まさしくTもその中の一人であろう。

 2001年八月に起きた尼崎児童虐待死事件。
 もうTは、出所している。





沖田臥竜
兵庫県尼崎市出身。日本最大の暴力団組織二次団体の元最高幹部。前科8犯。21歳から29歳までの8年間服役。その出所後わずか半年で逮捕され、30歳から34歳までまた4年間服役と、通算12年間を獄中で過ごす(うち9年間は独居)。現在、本サイトで小説『死に体』を好評連載中。