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連載小説『死に体』

第26話 おとこどうしのやくそく

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【ここまでのあらすじ】3人の命を殺めた罪で拘置所に収容中の藤城杏樹。杏樹の心の支えは、まめに面会に来てくれる恋人のヒカリやヒカリの子、英須(えいす)だった。一審の裁判で死刑判決を受けた杏樹に、控訴してほしいと必死に訴えかけるヒカリ。その姿に心が揺れる杏樹だったが、自分がしでかしてしまった罪の大きさが杏樹に控訴をためらわせる。そんなある日、杏樹はぼんやりとヒカリとの出会いを思い返していた。


連載小説『死に体』第26回 第ニ章(四)


文/沖田臥龍


 優しい日差しの昼下がり。オレは事務所へ"出社"する為に、時折ガードレールを車の鍵でカンカンッと鳴らしながら、歩いていた。


 気が付いたのはオレの方が早かった。

 それが、国道沿いのよく行く喫茶店でバイトしている彼女だとすぐにわかった。

 年の頃は23、4歳といったところだろうか。少し茶髪のショートカットがよく似合う瞳の大きな彼女とは、喫茶店に通ううちに話をするようになっていて、いつの間にかモーニングのサンドウィッチとアイスコーヒーよりも、彼女との会話のほうが楽しみになっていた。"ムショボケ"を抱えているオレにとって異性と気軽に話せる自体、珍しいコトだった。

 オレは、コンビニの前で揉み合うように、格闘?している彼女に、のんきな声をかけた。オレの声に、彼女と、彼女の対戦相手──彼女をそのままちびにした男の子が振り返った。彼女はオレを見て、一瞬驚いたような顔を浮かべた後、困った顔で微笑み返してくれた。

「どうしてんっ、ちび?」

 むちゃくちゃ怒られた。頭を撫でようとした右手まで叩かれてしまった。

「ちびとちがうわっ、英須やっ!」

「こらっ! 英須っ!」すかさず彼女がちびを叱りつける。

「ごめん、ごめん、英須ていうんか。ほんで、英須はなんでママと格闘してんねん?」彼女がひたすら謝るのを笑い返して、彼女の横でぐずっていた英須に喋りかけた。

「ママがわるいねんっ! ママがな、英須と約束したのになっ、ママがなっ、ママがなっ......ううううぇ~っん!」キッとしていた吸い込まれそうな瞳が潤んだかと思うと、英須は顔をくしゃくしゃにして泣き出してしまった。

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 なんでも彼女から事情を聞くトコロによると、乱闘現場の真ん中にあるコンビニで、以前に予約していたゲームソフトを買いに来たらしいのだが、あまりの人気で予約していても、そのゲームソフトを買えなかったらしい。それが原因で、英須が怒り出し乱闘......失礼。英須がママを困らせていた、というのだ。

「やり方もわからへんのに、『欲しい欲しい』ってゆうてきかないんですっ」

 そうオレに言った後、彼女は英須に

「もう男の子やのに、いつまでも泣かないのっ」と言って彼をなだめた。

 オレは彼女に、なんという名のゲームソフトか確認してから、英須の目線にしゃがみ込み、指の腹で瞳から溢れ出てくる涙をぬぐってやった。

「ヨッシャ英須。もう泣いたらいかんっ。おっちゃんがそのゲームソフトどないかしてきたろっ」

「ほっほっほんまにっ!」ヒックヒックとしゃくり上げながら、英須は無垢な瞳をオレへと向けた。


 オレも昔は、こんな瞳をしていたのであろうか。

 一瞬そう思ったが、ちょうど英須と同じ年頃に、母の財布から一万円をくすねて全裸にされてしまったコトを思い出し、そんな瞳などしていなかったコトに気がついた。

 思い出すんじゃなかった......。


 彼女に対しての下心があったのかどうかは、自分でもよくわからない。あったといえばあったかもしれないし、なかったといえばそうかもしれない。そんなコトよりも、もっと単純に、ちびの喜ぶ表情がみたかった。オレは明日、彼女の勤め先の喫茶店にゲームソフトを持って行くコトを告げて、その場で二人と別れた。

 ちびは別れ際にオレに向かって「おとこどうしのやくそくかっ!?」と上から目線で難しい言葉をあやつり、オレとヒカをびっくりさせた。

「お、おう。男同士の約束や」オレは、ちびに向かって右手を挙げた。

 どうにかしてやりたくなったのは、オレにも似たような経験があったからかもしれない。

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 何もオレだけではない。遊び道具こそ時代時代によって変化していくが、根本的な子供心という物は、いつの時代もたいして変わらないと思う。面白かったら笑うし、叱られたら泣いてしまう。犯罪者が生まれた時から犯罪者じゃないように、じいさんもばあさんも、おっさんもおばちゃんも兄ちゃんもねえちゃんも、生まれた時から今の姿の者はいない。みんな誰もが例外なく子供の頃があって、同じような経験を重ね、今の姿へと変わっていったのではなかろうか。色々なコトを思い出に変えながら......。

 たしかあれは、英須よりももう少し大きかった小学3年生か、4年生の時だった。子供から大人にいたるまで、爆発的人気をほこったゲームソフトの最新シリーズを探し求めて、自転車をこぎまくった時のコトだ。

 世の中が狭かった分、入手方法も限られていて、結局オレはそのソフトを発売日に手に入れるコトができず、家に帰ってだだをこね、母を困らせてしまった記憶がある。

 数日後そのソフトをどこからか母が買ってきてくれた時は、嬉しくて仕方なかった。母が物凄く偉大に見えた。

 幼稚園児の"ぼく"だったオレに対して「おもちゃなんて一生ダメッ!」と宣言した母だったが、こうして欲しい物は結局オレに買い与えてくれていた。

 あの頃、母は女手一つでオレを養い、オレのコトを社会のあらゆるものから守ってくれていたのだろう。

 いつからか母の手を借りなくても、欲しいものは大抵、自分の手で手に入れるコトが出来るようになった。ゲームソフトくらいなら、造作なかった。

 だからといってあの頃より幸せか、といったらまったくの逆で、思い出すのはいつもあの頃のコトばかりだった。

 手に入れたモノより、失ってしまったモノのほうがはるかに多過ぎたのだろう。




写真はイメージです