>  > 大阪寝屋川中1殺人事件の山田浩二容疑者が親しい知人に頼んだ2つの"違法なモノ"
元極道の異色作家・沖田臥竜のニュース解説  「プロ」はニュースはこう読む!特別編

大阪寝屋川中1殺人事件の山田浩二容疑者が親しい知人に頼んだ2つの"違法なモノ"

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大阪、寝屋川市の中学1年生の男女が遺体で見つかった「大阪寝屋川中1殺人事件」で逮捕された山田浩二容疑者は、警察の取調べに対して現在も黙秘を続けているという。事件発生(8月13日)から今日で一ヶ月。いまだ真相がはっきりとしないこの事件だが、R-ZONEではこの山田浩ニと事件の直前まで交流を持っていたという男と接触に成功。その男は裏社会専門の情報屋で、しかもなんと本サイトで小説『死に体』を連載中の作家・沖田臥龍と古くからの知人だったのである!


事件の直前まで山田と会っていた男がいた!


 その男の名は「赤シャツ」。

 夏場は基本、赤シャツを着ているところから、そう呼ばれている。本名はここでは書けない。

 歳は私と変わらない40歳。黒縁眼鏡をかけ、でかいボストンバッグを抱えている彼は、一見オタクの部類に入りそうだが、人は見かけで判断できない。赤シャツは今、大阪裏社会の情報を一番持っている男であろう。

 いつも抱えているボストンバッグには、独自で集めた資料がぎっしり詰まっている。

 赤シャツに聞けば、たいがいの事は分かる。誰がどこの刑務所に務めているか、誰がどこの警察にパクられたか、くらいの事は朝メシ前で、尋ねれば即答で返ってくる。

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大阪拘置所(撮影筆者)

 その情報収集の場所は大阪拘置所である。赤シャツは基本、平日は毎日大阪拘置所に通っている。毎日、そこで7、8人と面会しながら、その者達の用事を丁寧にこなし、そこをネタ元として情報を収集している。

 情報収集の対象は、中にいる被告人だけではない。被告人に面会へとやってくる者も、もちろん大事な情報源で、常に耳を澄ませ会話をノートにつけながら、真実へと近づいていく。赤シャツの持つ情報の信ぴょう性はかなり高いのではないだろうか。

 今年(2015年)1月上旬の事だった。毎日通う大阪拘置所の待合室で赤シャツは一人の男と再会を果たす。それは過去に大阪刑務所の十四工場で一緒に務めた事のある男。それが山田浩二であった。この出会いが、のちの赤シャツに少なくない被害を与えることになろうとは、この時の赤シャツは知る由もなかった。

 山田浩二は、去年10月に大阪刑務所を出所している。元々は8年以上の受刑者ばかりを収容している徳島刑務所に収容されていたが、途中、徳島刑務所で暴動が起こり、関係者のみならず、多くの者が大阪刑務所に移送されており、山田浩二もその中に含まれていたのだった。

 当初、山田浩二は一区(1工場から10工場まで)に配役されていたが、工場に馴染めず、二区の十四工場に配役されている。そこで、山田浩二と赤シャツは出会う。

 赤シャツと山田浩二が話すようになったきっかけは、地元が同じ大阪府枚方市であるという事が大きかった。その時の山田浩二に対して赤シャツが抱いた印象は、「変わっているところはあるものの、比較的、他の収容者達とも上手くやれている奴だなあ」というものだったという。

 だが、この時の赤シャツと山田浩二の関係にこれ以上の進展はない。顔がついた(=面識ができた)だけである。進展を生んだのは、先ほどの話に出てきた今年1月に大阪拘置所の待合室で再会を果たしてからとなる。

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少年時代の山田容疑者

 再会を果たした2人は、携帯電話の番号を交換しあい、連絡をとるようになっていった。時には一緒に、大阪刑務所に面会に行くこともあったという。ただし面会する相手は別で、赤シャツは自分の身内で情報源となる者と、山田浩二は養父と面会したという。

 この山田浩二の養父との養子縁組であるが、赤シャツが山田浩二から聞いた話では、金融機関に金を借りやすくするためと、携帯電話を借りやすくするためなどがおもな理由だったらしい。

 そして注目すべきは、その時、山田浩二と一緒に来ていた人物である。山田浩二は、この大阪刑務所の面会に2人の同行者と一緒だったという。

 1人は、マスコミなどでも、山田浩二が手紙を宛てた女性としてインタビューに答えていたN・K。そして、もう1人が山田浩二の彼女のK・J。そう山田浩二には、彼女がいたのである。

 K・Jの年齢は、赤シャツの推定によると、42歳くらいと言う。しかもこのK・J、実は山田浩二の逮捕直前まで一緒に車に乗っていたのだ(正確には、逮捕された直前の信号待ちで、山田浩二に降ろされている)。

 もちろん、その事実は追跡していた警察も充分把握しており、赤シャツの証言によると、K・Jは参考人として事情聴取は受けたらしいのだが、その後
すぐに赤シャツとも連絡がとれなくなってしまったという。

 なぜか、このK・Jの事は報道されていないように思う(もしされていれば、私の情報不足である。申し訳ない)。確か逮捕直後、山田浩ニは「確かに女の子を車に乗せて高槻市内の駐車場まで行った。しかし、このとき助手席には同乗者がおり、同乗者が女の子を殴るなどし、知らないうちに死んでいた」「その同乗者について、名前や年齢は言いたくない」などと供述していたのではなかったか? K・Jが山田の供述の同乗者であったかどうかはともかく、山田の私生活をもっともよく把握している人物であることは間違いないと思うのだが......。