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工藤明男コラム

過剰な報道が招いた悲惨な結末。工藤明男が問う"言葉の重み"

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西伊豆感電死 電気柵設置の男性が自殺 7月には「苦しい。ごめんなさい」


産経新聞 8月7日(金)14時45分配信」

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 何とも胸の痛む事件です。

 確かに落ち度はあったかもしれませんが、まさか人が亡くなる事故が起きるとは、柵を立てた79歳男性のみならず誰も想像だにしなかったでしょう。

 しかし、実際に事故は起き、そして男性2人が亡くなってしまった。

 ただでさえ、ネットの過剰な書き込みに触発されたような、マスコミの心無いバッシングが連日報道され続け、針のむしろのような毎日だったはず。

 その上、亡くなった方が親戚ともなれば、心を保つ事が出来なくなってしまうのは当然だったのかもしれない。

 誰にでも想像出来たような事だと思うし、誰でも同じ気持ちに陥ってしまうと思う。

 生活に困っていたわけでもなく、鹿からアジサイを守る為に柵を立てた79歳の老人が自殺しなくちゃいけないとは、本当に言葉が見つかりません。

 散々叩いてきた側の人間はこの結果について、どう思っているのだろう?

 これが当然の結末だと思ってるのか、それとも手の平を返したように発言を翻すのだろうか?

 今一度、言葉の重みについて考える必要があるように思う。

 自殺された加害者男性に勝手な事を言わせて頂けるなら、残された奥さんの為にも踏み止まってほしかった。

 被害者の方々と加害者の方のご冥福をお祈り致します。

 (文=工藤明男)