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連載小説『死に体』

祝!新連載開始記念・緊急特別企画「沖田臥龍って誰だ!」

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連載第1回 長めのプロローグ 1



 終わった......終わってしまった。

 人生という道を彷徨(さまよ)っていると、取り返しのつかない失敗やどうしようもしがたい立場に置かれた時、人は
 ......終わった
とあきらめてしまうことがあると思う。

 オレ自身、バカと言えばそれまでだが、不出来と言われればもっともだが、幼年期から何度、この「......終わった」という経験を積んできてしまったことか。遠くは、早くも幼稚園児にしてそう思ってしまったような苦い記憶がある。

 確かあれは──

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 確かあれは母の財布から万札一枚をくすね、近所の駄菓子屋へと出かけた日のことだ(ある意味、ハタからみればこの時点ですでに終わりかけとるわな)。

 その日に限って、いつもその駄菓子屋にたむろしているはずのサトシくんやヨシミちゃんがいなかった。

 せっかく母からくすねた一万円札で彼らに派手な大盤振る舞いをしてやろうと思っていたのに......と、考えても仕方ないので、一人で一万円札を使うことにした。

 幼稚園児だった「ぼく」時代のオレは、じいさんとばあさんが経営しているおかげで近所のクソガキ共から「ジジババ」と、そのままの屋号を勝手につけられている年期の入った店内に入り、陳列されているお菓子を適当にみつくろうと、ジジババの「ばば」のほうにくすねた一万円札を手渡した。

 今ならば、なんら問題視されなかったはずである。逆に、寂れ果てた駄菓子屋でなんの躊躇も見せずに万札を切る「ぼく」は、「太い客じゃ、太い客じゃ」と喜こばれたことだろう。
 しかし、この時の「ぼく」は、客だというのに、太い客だというのに、理不尽にも「ばば」に咎められることになってしまった。

「ばば」のセリフまではちゃんと覚えていないが、しわくちゃな顔をとがらせて、
 ──なんで幼稚園児のチビがこんな大金を持っておるのじゃ!!!──的なことを怒鳴られたあげく、お菓子を売ってもらえなかったように記憶している。

「だって、お父さんがそれでお菓子を買ってお金をくずしてから、タバコを買ってきてちょうだいってゆうてんもんっ」と鼻息荒く言えるようになったのは、「ぼく」が小学2年生になってからのことで、この時は言いようのない憤りで小さな胸をふくらませながら、大人しくうちへと帰ったのだった。

 なにかあればお母さんに言いつけるのが得意ワザの「ぼく」だったけれど、流石にこの時ばかりはそうもいかない。
「ぼく」は、財布からくすねとった一万円札をお母さんに返すことにした。

 危うく5つにして窃盗罪を成立させてしまうところだったが、「ばば」の暗躍でどうにか未遂でコトが済みそうだ。

「お母さんっ、んとな、ジジババの近くのジュースの自動販売機の横の溝ンところにコレ落ちとってんっ」

 詐欺罪、成立。

 意図的にポケットの中でクシャクシャにした一万円札を母へと差し出す「ぼく」なのであった。


「なぁなぁなぁ、これでゲームウォッチ買ってええ? なぁなぁなぁ、お釣りお母さんにあげるからいいやろ、なぁなぁなぁ」

 一万円札を拾ったことを装い、ゲームウォッチを搾取し、返す刀の釣り銭で母に恩まで売ろうという始末。「ぼく」時代のオレ、恐るべしである。

 だが、ことが発覚するのに、まったく時間はかからなかった。

 せめてこの時、5つではなく、15歳ならば平然とした顔で母の詰問にもしらばっくれることができたであろう。

 15歳とまでいかずとも、10歳だったとしても母の詰問に果敢に挑んでみせたと思う。
 しかし、この時の「ぼく」は、いかんせん5歳だ。
「ピエーン」と泣く武器しか装備していない。

 そして、この時の「ぼく」は、一階の台所で素裸にされ、文字通り身ぐるみはがされて、家の外へと放り出されてしまいました......。

「うえーん! あけてやっ! あけてって! あたまいたいっ! あったっまぁがいたいっ! あったっまぁ!!!」

 もちろん頭が痛いというのは口からのでまかせである。

「あけてって! お母さんってぇ! うえーん! うええーんっ! ゲームウォッチは! ゲームウォッチはこうてくれるのっ!」

 この期に及んでゲームウォッチをねだる「ぼく」の執念には恐れ入るが、それに対して無惨にもピシャリと締められた玄関の向こうから母は高らかにこう宣言するのだった。

「おもちゃなんて一生ダメ!」

「ぼく」は思わず泣き声を呑み込んだ。

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「ぼく」にとって、おもちゃは全てだった。「ぼく」は、おもちゃにトキメキながら生きていたと言っても言い過ぎではない。

 そのおもちゃをだ、母はなんと二度と買ってくれないと言うのである。

 ウルトラマンも仮面ライダーも二度と買わない気でいるらしい。

 この時、確かに「ぼく」はこう思った。
 ......終わった
 ......終わってしまった
 ......終わってしまったではあ~りませんか、と。

 もう、生きる望みはなくなってしまった──なんて言葉はまだボキャブラリーの中にはなかったけれど、まるで地球が滅んでしまったかのごとく「ぼく」の人生も終わりを告げたと感じたのは間違いない。母の言葉にはそれくらい破壊力があった。

 無駄に全裸の「ぼく」は、それくらいのダメージを受けた。

 ダメージを受け、打ちのめされているところに、ピシャリと締められていた玄関が開かれ、母が姿を現した。

「あんた、まだ幼稚園児やねんで。中学生がお金とるんやったらまだ分るけど、そんなチビの時からお母さんのお金なんかとってどうするの? なにがゲームウォッチやの。ホンマあんたはアホとちがうか。今のうちからそんなん覚えていったら、大人になってホンマ困るで。そん時になってお母さんに言うてきても、お母さんなにもしらんからな!」

 そういう母のまぶたには涙が浮かんでいて、小さな胸がしめつけられたのを覚えている。
 これで少しは反省していれば先の人生も変わっていただろうが、バカだった分、無知だった分、しょっ中アホなことをしでかしては、
......終わった
......終わってしまった、と繰り返し思っていた。


 もちろん、このあとに続く小学生時代でも何遍も「......終わった」を繰り返していたのだけれど、慣れとは恐ろしいもので、次第に、これくらいなら終わんないよ~っ!と、だんだん厚かましくなっていってしまったようだ。


 それがいけなかった。






沖田臥竜
兵庫県尼崎市出身。日本最大の暴力団組織二次団体の元最高幹部。前科8犯。21歳から29歳までの8年間服役。その出所後わずか半年で逮捕され、30歳から34歳までまた4年間服役と、通算12年間を獄中で過ごす(うち9年間は独居)。






写真はすべてイメージです。