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その女が注射器を捨てるまで 第117話

合格報告。子どもに、そしてあの人に。

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〜第五章まで〜
 シャブ中仲間の裏切りにより覚醒剤使用で再逮捕。精神病院から刑務所での懲役生活を終えてシャバに戻った玲子を待っていたのは、どこに行くにもつきまとう両親からの監視の目だった。しかし旧友やママ友から励まされ、過去の過ちを告白した自分を受け入れてもらえた時、母との確執、そして将来の生活を考えて下した決断は「独り立ち」すること。最愛の子どもを残していくことだけが心残りだったが、人生を再生するため、玲子は再び東京へ向かう決心をしたのだった。


<最終章17 和解>

合格の報告電話で......ついに!

 合格に舞い上がった私の指先は、自然と電話のプッシュボタンを押していた。

 押したのは、もちろん実家の電話番号。

 ──子供に報告しないと!

 言葉を用意していないのに、受話器の向こうで呼び出し音が鳴る。

 五回目か六回目の呼び出し音が途中でプツッと途切れ、

「もしもし」

 子供の声だ。

「合格したよ!」

 頭に浮かんだ唯一の言葉を、そのまま口にする。

 名乗りもせずに、いきなりの合格報告。それでも子供はすぐに、「やったじゃん」とか「よかったね」とか、子供らしい言葉で褒め称えてくれた。

 そのまましばらく、子供と話す。

 話をするうちに、あたしは少しずつ落ち着いていった。
 いつもの電話とは違って、あたしは自分のことばかり話し続けた。

 どこでそんな技を身につけたのか、子供はなぜか聞き上手で、相づちや質問を絶妙なタイミングで繰り出してきて、すぐに一時間が経ってしまった。

 時計を見る余裕が戻った頃、子供が話を遮った。

 受話器の送話口を手のひらで覆っているのだろう、「コー」とこもったような音が聞こえた。その音の向こうで、かすかに子供の声。

「おばあちゃん! お母さん、合格したって!」

 ──お母さんに伝えてくれているんだ。

 どこまでも気の利くいい子だ。合格の喜びに、温かいなにかが加わって、胸のあたりを満たしていく。

 ──この子のためにも、がんばって働こう。

 そう思っていると、こもったような音が途切れて、電話の向こうがクリアになった。


 受話器の向こうに、人の気配。


 それなのに、話し声は聞こえない。


「どうしたの? もしもし?」


 子供の名前を、何度か呼びかける。


 すると、しばらくの間のあとに、意外な声が返ってきた。

「よくがんばったわね」

 母の声だった。

「おめでとう」

 間違いない、お母さんだ。

 お母さんが、電話に出てくれたんだ。

「いつも仕送りしてくれて、ありがとうね」

 お礼なんて......、それはあたしのセリフだよ。
 子供を任せっきりにしてるんだし。

「本当によくがんばったわね。お祝いしないとね」

「うん」と相づちを打とうとしたけれど、ノドが詰まるようで上手く声にできなかった。それで、あたしは自分が泣いているのに気づいた。

「ごちそうこしらえて待ってるから、一度、顔見せに戻ってらっしゃい」

 あたしが東京でがんばってるのを、認めてくれたんだ。

 返事をしたいのに、嗚咽で声が出なかった。話したいことはたくさんあるのに。

「新しいお仕事がはじまったら、ゆっくりもできないでしょ? だから今のうちに、ね?」

 母も涙声だった。

 電話を間に、こちらと向こうで、母娘が二人で泣いていた。

 もう、母も涙に遮られて、言葉が出なくなっていた。

 あたしも、口を開くとノド元が震えてしまって、はっきりと聞き取れる言葉を発せられない。

 でも、ひと言、どうしても言っておきたい言葉がある。

 これだけは、どうしても。

 少し前から、思っていたこと。

 母が電話に出てくれたら、最初に言おうと思っていた言葉。

 大きく息を吸い込んで、それをゆっくり吐き出す。

 呼吸と気持ちを整えて、絞り出すように、どうにか、ひと言。






「お母さん、ありがとう」


(次回、最終回)



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やっと言えたひと言。



(取材/文=石原行雄)


石原行雄 プロフィール
闇フーゾクや麻薬密造現場から、北朝鮮やイラクまで、国内外数々のヤバい現場に潜入取材を敢行。著書に『ヤバい現場に取材に行ってきた!』、『アウトローたちの履歴書』、『客には絶対聞かせられない キャバクラ経営者のぶっちゃけ話』など。
http://www008.upp.so-net.ne.jp/ishihara-yukio/