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その女が注射器を捨てるまで 最終話

【最終話】あたしは今、生きている。

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<エピローグ>

今、あたしは生きている

 「ちょっと直しただけなのに、こんなに住み良くなるなんて。本当にあなたのおかげだわ、ありがとう」

 あたしがリフォームを指揮したバリアフリー住宅、完成後に不具合がないかを確認するために訪れると、ほとんどのお年寄りはそんなことを言って喜んでくれる。

 あたしが人からお礼を言われるなんて。

 あたしが人の役に立てるなんて。

 不思議な気分。照れくさい。


 でも、すごくうれしい。

 こんな今が来るなんて、自分でも信じられない。


 仕事にはまだ慣れないし、大変なことも多いけど、場数を踏めばその分だけコーディネーターとして成長できるし、山を越えればすべては楽しい思い出になる。毎日に起こるすべてのことが、かけがえのない出来事だ。

 現在だけじゃない。
 過去のことだって、今のあたしにとっては大切なもの。

 それは、覚醒剤のことも含めて。

 もちろん、覚醒剤のもたらす苦しみなど、もう二度と味わいたくはない。

 思い出すのも辛いことだって、まだまだたくさんある。

 腰を悪くしたり、手足が痺れたりと、悪い影響は今もそこらじゅうにある。

 この先も、覚醒剤常習の過去を完全に振り切ることはできないだろう。

 それでも、あのときの経験が今のあたしの一部分になっていることも事実。ぬぐい去ることができないなら、それも受け止めて、この先を生きていこう。


 子供とは、まだ一緒に暮らせてはいない。
 両親──とくに母との間には、今でも行き違いが起きて、気まずい空気が流れたりもする。
 あたしは完璧な母親にはほど遠いし、出来のいい娘でもない。

 でも、それでもいいと思いはじめている。


 今のあたしには、なんとなくわかる。完璧主義で潔癖な、あたしの重荷になっていた母の性格は、母自身にとってもストレスになっていたことを。母自身もそんな自分をどうにもできずに、苦しんでいたに違いない。今のあたしが、ときどき自分を持て余してしまうように......。


 福祉住環境コーディネーターの仕事をはじめて、独り暮らしをするお年寄りと知り合う機会が増えた。

 独居老人とひと口に言っても、身寄りのない人もいれば、親族はいるけど音信不通という人もいるし、すぐそばに子供たちが住んでいるのに行き来がないという人もいる。

 事情も理由も人それぞれ。

 それでもみんな生きている。

 独り暮らしのお年寄りたちと出会って、あたしは思った。

「完璧で理想的な家族なんて、そうあるもんじゃない」と。

 ドラマのような完璧な家族団欒は、もしかしたらドラマの中にしかないのかも。

 あたしが生きているのは現実の世界。

 現実の毎日をドラマの世界と見比べて、落ち込んだり悲しんだりしても、仕方のないこと。

 本当にあるのかどうかもわからない、あったとしても実現できるかどうかわからない理想の家族像を目指せば、挫けて、また酷い自己嫌悪に陥るかも......。

 だから、今のままでもいいんだ。


 子供の頃の母との間のちょっとした行き違いに、変な意地を張ったりして、いつの間にか、あたしは地獄の底まで堕ちきった。

 今の幸せな毎日は、結局、マイナスがゼロに戻っただけなのかも知れない。どうにか振り出しに戻っただけ。

 でも、あたしにとって、それはかけがえのないゼロで、かけがえのない振り出し。この「プラスマイナスゼロ」を大切に、毎日を生きている。

 そう、あたしは今、生きている。

 かけがえのない毎日を、噛みしめながら生きている。


(完)



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(取材/文=石原行雄)


石原行雄 プロフィール
闇フーゾクや麻薬密造現場から、北朝鮮やイラクまで、国内外数々のヤバい現場に潜入取材を敢行。著書に『ヤバい現場に取材に行ってきた!』、『アウトローたちの履歴書』、『客には絶対聞かせられない キャバクラ経営者のぶっちゃけ話』など。
http://www008.upp.so-net.ne.jp/ishihara-yukio/

 


長らくのご愛読、ありがとうございました。
明日からの新連載小説『死に体』にもご期待ください。

(R-ZONE編集部)