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その女が注射器を捨てるまで 第114話

あたしは、あたしの闘いに集中すればいい。2度目の試験が始まった。

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〜第五章まで〜
 シャブ中仲間の裏切りにより覚醒剤使用で再逮捕。精神病院から刑務所での懲役生活を終えてシャバに戻った玲子を待っていたのは、どこに行くにもつきまとう両親からの監視の目だった。しかし旧友やママ友から励まされ、過去の過ちを告白した自分を受け入れてもらえた時、母との確執、そして将来の生活を考えて下した決断は「独り立ち」すること。最愛の子どもを残していくことだけが心残りだったが、人生を再生するため、玲子は再び東京へ向かう決心をしたのだった。


<最終章14 意外なほど冷静な自分がいた>

二度目の受験日

 そして、二度目の試験当日。

 あたしは再び、日曜日の大学キャンパスにいた。

 前回とは別の大学だったけれど、あたしは慣れない会場の雰囲気に飲まれたりはしなかった。
 前と同じく、何百人もの受験生がいたけれど、その数に圧倒されたりもしなかった。

 ──これが最後のチャンスになるかも。

 そう思って、あたしは集中していた。


 早めに会場に入り、自分の座席に着くと、目をつぶってじっとしていた。
 落ち着くための精神統一のつもり。

 でも、その必要はなかった。
 自分でも意外なほど、あたしは冷静だった。

 腕時計と、前夜に削って芯を尖らせた鉛筆を机の上に並べると、もうやることもなかった。
 開始時間のギリギリまで読んでおこうと持ってきた参考書も、要らない荷物だった。静かに座っているだけで、これまでに勉強してきたことが、あとからあとから次々とあふれてきたから。


 開始時間が近づくにつれて、大教室は受験生で満たされていった。

 やはりグループ受験が多いのだろう、周りの人たちは友人知人と話をしていた。

 でも、話し声はほとんど耳に入らなかった。

 耳の奥で「ジーン」と鳴るのだけが、うるさいくらいに響いていた。「ジーン」という音と、一定のリズムを刻む鼓動をBGMに、勉強してきたあれこれが頭の中を次々とかすめていった。

 ときおり飛び込んでくるひときわ大きなしゃべり声も、BGMのひとつにすぎなかった。

 ──人は人、あたしはあたし。

 建築関係者や福祉関係者は、その分野の専門知識が最初からあって、その分、新しく覚えることは少なく済んで有利かも知れない。でも、そうした人たちは、たぶん働きながら試験勉強をしてるはず。
 この数カ月間、試験勉強だけに集中できたあたしのほうが、恵まれているといえば恵まれているし、むしろ有利かも知れない。

 ──だから、他人と比べて焦るのも、安心するのも意味がない。

 比べるなんて無意味だ。

 そもそも、試験自体が高校や大学の受験とは違う。

 受験者数は全国で約四万人。その四万人全員が七十点以上を取れば、全員が合格だし、逆に全員が七十点に満たなければ、一番高い点数を取った人でも資格は得られない。
 得点数の上から何人が合格というものではないから、ほかの受験生と競っているわけじゃない。

 ──他人との比較じゃなくて、自分の問題なんだ。

 あたしは、あたしの闘いに集中すればいい。

 そして、試験開始の時間になった。

 教会の鐘のような電子音のベルが、大教室に鳴り響いた。

 大きな音だったけれど、もうあたしは驚かなかった。

 ゆっくりと、問題用紙を開いて、第一問から順番に、マークシートを塗りつぶしていった。

 答えに迷うことはほとんどなく、設問を飛ばす必要がなかったから、解答欄を間違えて慌てることもなかった。

 あたしは冷静に、淡々と、問題を片づけていった。


(つづく)



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あたしは自分の戦いに集中した



(取材/文=石原行雄)


石原行雄 プロフィール
闇フーゾクや麻薬密造現場から、北朝鮮やイラクまで、国内外数々のヤバい現場に潜入取材を敢行。著書に『ヤバい現場に取材に行ってきた!』、『アウトローたちの履歴書』、『客には絶対聞かせられない キャバクラ経営者のぶっちゃけ話』など。
http://www008.upp.so-net.ne.jp/ishihara-yukio/