>  > 「これは彼が神へ叩きつけた挑戦状だ!」人気作家・冲方丁が起こしたDV事件の真相に迫る

「これは彼が神へ叩きつけた挑戦状だ!」人気作家・冲方丁が起こしたDV事件の真相に迫る

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人気作家が起こした突然のDV事件

 2009年に刊行された「天地明察」で、吉川英治文学新人賞と本屋大賞を受賞した作家の冲方丁(うぶかた・とう)、本名=藤野峰男が、8月21日に妻へ暴行をはたらいたとして、警視庁渋谷署に逮捕された。

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<傷害容疑>妻へのDV 作家の冲方丁容疑者逮捕 渋谷署 毎日新聞(リンク

<傷害容疑>妻へのDV 作家の冲方丁容疑者逮捕 渋谷署
毎日新聞8月24日(月)12時30分配信
 ◇「口論になったのは事実だが、殴っていない」と容疑否認

 妻へのドメスティックバイオレンス(DV)があったとして、警視庁渋谷署が、作家の冲方丁(うぶかた・とう)(本名・藤野峰男)容疑者(38)を傷害容疑で逮捕していたことが、同署への取材で分かった。同署によると、「口論になったのは事実だが、殴っていない」と容疑を否認している。

 逮捕容疑は21日午後7時ごろ、冲方容疑者が事務所として使う港区南青山のマンション敷地内で、口論になった妻の唇付近を殴ったとしている。妻はあごなどを打撲し、22日になって同署へ被害を相談した。

 冲方容疑者は2009年に刊行された「天地明察」で、吉川英治文学新人賞と本屋大賞を受賞。12年には、「光圀伝」が山田風太郎賞に選ばれた。


 口論になった妻の唇付近を殴ったということで、妻が翌22日に被害届を提出、逮捕にいたったこの事件。彼を流行作家へと一躍有名にしたベストセラー「天地明察」を絡み合わせながら面白くひも解いてみたい。もちろんこれは想像の範囲を超えないフィクションであることを最初にお断りしておきます。

『天地明察』(てんちめいさつ)は、冲方丁による日本の時代小説である。『野性時代』(角川書店)にて、2009年1月号から7月号まで連載。2009年11月30日角川書店より発行。第31回吉川英治文学新人賞、第7回本屋大賞を受賞し,第143回直木賞の候補となった。2012年には映画化。江戸時代前期の囲碁棋士で天文暦学者の渋川春海の生涯を描いた。(wikipediaより)


「天地明察」という作品の思想背景

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2012年に映画化された「天地明察」。「おくりびと」の滝田洋二郎が監督、V6岡田准一、宮崎あおいが主演を務めた。

 「天地明察」という小説は、現代の誰もが使用しているであろう、今の日本のカレンダーが出来上がっていく経緯の話だ。もともと、囲碁の達人であった主人公が、囲碁の世界で生きていれば思う存分その名を馳せれただろうに、事もあろうか神道や算術、天文というような学問分野に没頭し、人間の存在意義のようなことまで探求するかのように、一人の人間として学ぶことを止めなかったことにより、徳川幕府の役人から命じられた様々な使命を果たしながら、最終的に改暦を行うように命じられる、そんな物語である。

 主人公は、囲碁は初心者も初心者、数える程度しか打ったことがない。しかも、ごくわずかなコツしか掴めておらず、未経験者とほとんど同じである。ただ、将棋よりも自由であり、自分の陣地を増やしていくことには支配感を錯覚させるところもある。しかし、結局のところ碁盤の上の出来事でしかなく、確かに、学ぶ意欲があり過ぎて仕方ない人の場合は、囲碁の世界だけで満足出来るものではなかったのだろう。そのような小さな枠(囲碁をされている方を非難している訳ではありません)で生きてきたからこそ、神道や天文という広大で研究し尽くしようもないような世界にどっぷりと浸かるのかもしれない。

 しかしそれらの道は、囲碁と違って自分の思いどおりにはならない。日本における神道は、海外でいう聖書に基づく神とは全く違う存在なので比べてはいけないが、聖書に登場する神も、姿形がなく霊者のような存在であり万物を創造したとされているので、決して人間とは比べ物にならない存在である。しかし、人間のことを気遣う優しい愛情深い神、という表記が何度も出てくる。

 日本の神道の場合、仏教のように、自分が意識して神道を崇拝していると認識している日本人は少ない気がする。しかし、全てのものに神が宿る、森羅万象、八百万の神という概念はほぼ全ての日本人が聞いたことがあるであろう馴染み深いものだ。神道における神とは自然(nature)と一体化されるほど身近な存在であり、しかし人間が踏み越えれるものではないという概念がある。いずれにしても、再掲するが囲碁のように自分の思い通りにはならない。そこに畏敬の念を感じる者もいれば、遠く離れており自分とは関係ないと認識する者もいるだろう。