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宮崎学の「本当はおもろい韓国ヤクザ映画」第11回  『新しき世界』前編

「親分」と「兄弟」の間で揺れる潜入捜査官 『新しき世界』前編

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第11回『新しき世界』前編 「親分」と「兄弟」の間で揺れる潜入捜査官

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『新しき世界』

「父への忠誠か、兄との絆か。傷ついた孤独な男が夢見た新しい世界とは―?」

 本作の日本公開時のキャッチコピーにこうあった。
 韓国最大の犯罪組織「ゴールド・ムーン」で潜入捜査を続ける主人公のジャソンが、警察組織(父系的集団)と、犯罪組織(義兄弟的なつながり)の間で苦悩する姿を追った名作である。
 警察官であることがばれたらどのような目に遭わされるかは、主人公も熟知している。冒頭の残虐をきわめる拷問の描写は、このことを示唆している。凄惨な暴行を受け、セメントを飲まされて海へ沈められるのだ。

アウトサイダーたちの確執

 主な登場人物は、主人公ジェソンと上司のカン課長、そしてゴールド・ムーンの事実上ナンバー2のチョン・チョンである。ジェソンとチョン・チョンは韓国華僑という韓国内におけるマイノリティの出身であり、カン課長はノンキャリの叩き上げの刑事である。彼らはいわばアウトサイダーであり、その確執に組織の覇権争いが重なっていく。

 ゴールド・ムーンは、主流派のソク会長による「ジェボム組」、本来のナンバー2だが隠居同前のスギ理事の「ジェイル組」、そしてチョン・チョン率いる「北大門組」の3つの組を統合し、企業的に再編された組織である。
 「北大門組」は、トップであるチョン・チョンを含め構成員は朝鮮半島南西部の全羅南道にある麗水(ヨス)市出身の華僑で占められている。
 朝鮮半島に住む華僑は、1882年の「朝中商民水陸貿易章程」の締結以降に朝鮮半島に移住した中国系の子孫である。この章程は、主に日本勢力の朝鮮進出を牽制するため締結されたといわれている。
 この章程を根拠に、仁川・釜山・元山に港が開かれ、「華人租界」が作られたことで華人の流入が始まる。しかし、その後は戦乱が続いたことで華人と朝鮮民族が対立を深めていく。1931年には中国・長春の北にある万宝山で朝鮮人入植者と中国農民が衝突、中国警察と日本の領事館警察による発砲があったことで、朝鮮各地で大規模な排華運動に発展した。
これが尾を引き、さらに朝鮮戦争で国交を断絶したこともあり、朝鮮における華僑は保険の加入や不動産の取得など法的な権利を制限されてきた。92年に国交が樹立したことで、最近は権利は概ね認められてきているというが、彼らは長きにわたって韓国社会におけるマイノリティであり、差別を受けてきたのである。

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『新しき世界』予告編より

 すなわちチョン・チョンたちは逆境で支え合い、強い絆で結ばれたマイノリティの「家族」なのだ。だが、チョン・チョンは苦労人であることは少しもうかがわせず、むしろ「チャらい」キャラクターである。子分たちから「兄貴」と慕われ、時々ふざけて中国語も話す。
 そして、チョン・チョンは作中で「延辺(えんぺん)の物乞い」と呼ばれる中国・延辺地区に住む朝鮮族の殺し屋グループを使う。彼らは下品な最下層の民の象徴として登場する。この「物乞い」たちの不気味さは、差別の現実をよく表しており、「韓国籍の中国人」と「中国籍の朝鮮人」の存在の対比は興味深かった。
 彼らのようなマイノリティは、日本のヤクザ社会における被差別部落民や在日コリアンの生き方にも通じるものがある。

 これは拙著『突破者 ― 戦後史の陰を駆け抜けた五十年』にも書いたが、とりわけ終戦直後の暮らしぶりは劣悪だった。彼らは「わしら土方になるか、ヤクザになるか、そのどっちかや」とよく言っていた。
 差別と貧困の中で、義務教育である中学校さえ通えない彼らにとって、建設労働者になるか、あるいはヤクザ、芸能やスポーツの世界で生きるしかなかったのである。
 薬物などで精神を病んでしまい、まったく働けない者もいたが、裸一貫で生きる智恵や生活力を持つ者も多く、彼らは強い絆で結ばれていた。猥雑で下品で、濃い人間関係は、明るく、温かくもあった。
 こうした関係は底辺の者たちだけでなく、戦後の混乱期においては多くの者たちが持ちえたものである。貧しかったが、寄り添い、支え合ってきたのである。


   


【映画の概要】アンダーカバー(極秘潜入警察)をテーマにしたアクションノワール。韓国で「19歳未満観覧不可」でありながら約470万人を動員したヒット作で、ハリウッドでのリメイクも決定している。
警察官のジャソンは、韓国最大の犯罪組織「ゴールド・ムーン」の理事として組織に潜入、捜査を続けていた。このことを知るのは上司のコ局長とカン課長、連絡役のシヌのみである。長年の潜入捜査で、ジャソンは警察官の任務と兄弟たちの「絆」の間で苦悩するようになっていた。
ある日、ゴールド・ムーンのソク会長が事故で急死し、ジャソンが仕えるナンバー2のチョンとナンバー3のジュングによる後継者争いが始まり、カン課長はこれをチャンスと見て「新世界プロジェクト」と名づけた壊滅作戦をスタートさせる。
パク・フンジョン監督。韓国公開2013年、日本は2014年。


   




宮崎学 1945年、京都・伏見のヤクザ、寺村組組長の父と博徒の娘である母の間に生まれる。早稲田大学在学中は学生運動に没頭し、共産党系ゲバルト部隊隊長として名を馳せる。『週刊現代』(講談社)記者を経て、家業の解体業を兄とともに継ぐが倒産。その後、 グリコ・森永事件では「キツネ目の男」に擬され、重要参考人Mとして警察にマークされるが、事件は2000年2月13日に時効を迎え真相は闇に消えた。1996年10月、自身の半生を綴った『突破者』で作家デビュー。近年は、警察の腐敗追及やアウトローの世界を主なテーマにした執筆活動を続けている。