>  >  > 記憶力が悪くなったのは覚醒剤の後遺症?...私は受験を投げ出す口実を探していた。
その女が注射器を捨てるまで 第106話

記憶力が悪くなったのは覚醒剤の後遺症?...私は受験を投げ出す口実を探していた。

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〜第五章まで〜
 シャブ中仲間の裏切りにより覚醒剤使用で再逮捕。精神病院から刑務所での懲役生活を終えてシャバに戻った玲子を待っていたのは、どこに行くにもつきまとう両親からの監視の目だった。しかし旧友やママ友から励まされ、過去の過ちを告白した自分を受け入れてもらえた時、母との確執、そして将来の生活を考えて下した決断は「独り立ち」すること。最愛の子どもを残していくことだけが心残りだったが、人生を再生するため、玲子は再び東京へ向かう決心をしたのだった。


<最終章6 変えられることを、ちゃんと変えるために>

脳にもシャブの後遺症が......

 新しい知識に触れることは、楽しくもあった。

 とくに介護の項目は、「いつかお父さんやお母さんに発揮してあげられるかも」と思うと、より真剣に取り組めた。それでも、何度も教本を読み返しても、どうしても頭に定着してくれない部分もあった。


 覚醒剤を注射してから、あたしは物覚えが格段に悪くなっていた。

 最後に注射を打ってから、すでに四年以上が経っていた。

 その間に、病院に通ったり、刑務所で過ごしたりして、肝炎をはじめとするいくつかの病気は、ほとんど問題のないレベルにまで治っていた。

 けれど、記憶力に関しては、酷く落ちたまま、回復する様子はなかった。


 トラックの運転をしていたときも、出先から次の集荷先に直行する場合、電話で会社からの指示を受けるのだけれど、例えば「越谷に十四時」と言われて電話を切って、しばらく走ると、越谷だったか熊谷だったか、それとも川越だったか、十四時だったか午後四時だったか、それとも午後二時だったか十二時だったか......というように、自分の記憶に自信が持てなくなり、トラックを路肩に停めて、再確認の電話をすることが何度もあった。

 年を取ったから? それとも、やっぱり覚醒剤の後遺症?

 ......だとしたら、いくら勉強しても、もうダメ?

 そんな風に気弱になっているときに、子供から電話があった。


「お母さん、ポケモンのソフト、ありがとう!」

 その声は、いつになく弾んでいた。

「ぼくがクラスで一番最初にゲットしたんだよ!」

 だから友達の中では一番早くゲームが進んでいて、一目置かれているという。

「ゲームばっかりしてると視力が落ちるから、ほどほどにね」

 母親らしい言葉を、子供にかけてみる。

「うん! 勉強だってちゃんとしてるよ」

 子供はその証拠とばかりに、一昨日の分数の計算テストで九十五点を取ったことを、教えてくれた。

「すごいじゃん!」

 本当にすごい。

 本当に、この子があたしの子供なの? そう思ってしまうほど、子供は勉強もよくできて、明るかった。

 会話は二十分足らずだったのに、あたしは子供からたっぷりの元気を分けてもらった。

 そして、

 この子を裏切ることにならないように、がんばろう!

 改めて思った。

 シャブで壊れた頭じゃ、いくら勉強しても資格は取れない?

 そんなことはない。挫けそうな自分が、受験を投げ出す口実を探していただけだ。

 単なる老化かも知れないし、やっぱりシャブのせいかも知れない。でも、そんなのどっちでもいいこと。どちらにしても、頭を取り替えられるわけじゃない。

 今のあたしは、物覚えが悪かろうがなんだろうが、この頭で受験に臨むしかないのだから。だから、あれこれ考え込んで、悩んでみても仕方のないこと。

 覚醒剤を使っていた過去や、その影響が残る体は、今さらどうしようもない。

 変えられないことは、腹をくくって受け止めるしかない。

 変えられないことにこだわる暇があったら、変えられることに集中しよう。

 変えられることを、ちゃんと変えるために、変えるための努力に集中しよう!

 ──勉強に集中しきれていないから、余計なことを考えちゃうんだ。

 あたしは受験勉強に集中した。

 集中力が途切れるたびに、あたしは実家に電話をかけてやる気を取り戻した。

 思いつくたびに替わってくれるように言ってはみたけれど、やっぱり親は電話口に出てはくれなかった。

 少し寂しかったけれど、辛くはなかった。

 希望があったから。

「合格すれば、父も母もわかってくれるはず」

 そう思って、あたしは自分のやる気を焚きつけた。


(つづく)



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子供との電話がくじけそうな私を支えてくれた(写真はイメージです)



(取材/文=石原行雄)


石原行雄 プロフィール
闇フーゾクや麻薬密造現場から、北朝鮮やイラクまで、国内外数々のヤバい現場に潜入取材を敢行。著書に『ヤバい現場に取材に行ってきた!』、『アウトローたちの履歴書』、『客には絶対聞かせられない キャバクラ経営者のぶっちゃけ話』など。
http://www008.upp.so-net.ne.jp/ishihara-yukio/