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その女が注射器を捨てるまで 第102話

子供から甘えられたことが、とてつもなく嬉しかった

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〜第五章まで〜
 シャブ中仲間の裏切りにより覚醒剤使用で再逮捕。精神病院から刑務所での懲役生活を終えてシャバに戻った玲子を待っていたのは、どこに行くにもつきまとう両親からの監視の目だった。しかし旧友やママ友から励まされ、過去の過ちを告白した自分を受け入れてもらえた時、母との確執、そして将来の生活を考えて下した決断は「独り立ち」すること。最愛の子どもを残していくことだけが心残りだったが、人生を再生するため、玲子は再び東京へ向かう決心をしたのだった。


<最終章2 初めてのおねだり>

唯一の娯楽は子供との電話

 連絡先を教えてから、少なくとも週に一度は子供と電話で話した。

 子供が学校であったことを話し、そのお返しにどこまで荷物を運んだかを話して聞かせた。

 そんな会話を楽しむある日、

「ねぇ、お母さん、東京ならゲームの専門店とか安売りのお店も、いっぱいあるでしょ?」

 子供は遠慮がちに、切り出した。

「あのねぇ、ポケモンの新しいゲームソフトが出たんだけど、こっちだと売り切れで手に入らないんだよね」

 だから、東京で探して買って、送ってほしいと。

 おねだり。

 あたしが実家にいる頃は遠慮していたのだろう、一度もしなかったのに。

 うれしかった。

 子供が見せてくれた子供らしい態度に、和まされた。

 同時に、これまでの大人びた態度は我慢させていた証なのだと、ちょっぴり胸が苦しくなった。

 あたしがまだいいともダメとも言っていないのに、子供は続けた。

「月曜日の朝テストの、漢字の書き取りで百点取ったんだよ」

 だから、そのご褒美に買ってくれと。
 ダメ押しのつもりなのだろう。

 そんな見え透いたひと言も、いかにも子供らしくて、微笑ましかった。そんな"戦略"を組み立てられるほどに賢くなったのだと、うれしく感じた。

「わかった、いいよ、送ってあげる」

 電話の向こうで歓声を上げる子供。「わー」とか「やったー」とか「ありがとう」とかと繰り返しながら騒ぐ子供が落ち着くのを待って、「その代わりゲームをやりすぎないで、ちゃんと勉強もするんだよ」と母親らしい言葉を口にするあたし。

 母子なら当たり前のようにするやり取りを、あたしもしていた。それがまたうれしくて、こみ上げてくるものがあった。

「欲しいのは、どんなソフトなの?」

 涙声を悟られないように、短く質問して聞き役に徹した。

 お目当てのゲームがそれまでのポケモンとはどう違っていて、いかにすごいのかを子供は力説した。

 興奮気味にまくし立てる子供の話には、ゲームの専門用語なのかキャラクターの名前なのか、はじめて耳にする固有名詞が多くて、大半は意味を理解できなかったけれど、子供が今、一番興味を抱いていることを、子供自身の口から聞けるだけで、あたしは満足していた。

 小さかった子供が、遊びの話とはいえ、あたしの知らないことをたくさん知っていることに、また、こみ上げてくるものを感じた。

 子供が復唱するゲームのタイトル名を、あたしはティッシュで涙と鼻水を拭きながら、間違えないよう慎重にメモした。


 ゲームソフトを送ることを約束して、電話を切った。

 離ればなれになったことを、ゲームソフトで穴埋めしようとしたわけじゃない。

 子供の求めに応えるのは、あたしから子供へのお礼のしるし。

 東京行きを許してくれたことと、素直に甘えてくれたことへのお礼のしるし。

 子供の甘えを照れずに受け止められたのも、うれしかった。
 直接顔を合わせずに、電話機を通じて間接的に話したから、あたしも子供もお互いに素直に振る舞えたのかも知れない。少なくともあたしのほうはそうだった、と思う。

 ──やっぱり東京に来たことは間違いじゃなかったんだ。

 離れて、寂しさが募るからこそ、なりふりかまわず素直になれたんだと思う。


(つづく)



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遠く離れていても繋がっていると思えた



(取材/文=石原行雄)


石原行雄 プロフィール
闇フーゾクや麻薬密造現場から、北朝鮮やイラクまで、国内外数々のヤバい現場に潜入取材を敢行。著書に『ヤバい現場に取材に行ってきた!』、『アウトローたちの履歴書』、『客には絶対聞かせられない キャバクラ経営者のぶっちゃけ話』など。
http://www008.upp.so-net.ne.jp/ishihara-yukio/