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宮崎学の「本当はおもろい韓国ヤクザ映画」第9回  『卑劣な街』前編

困窮するヤクザ社会の現実...『卑劣な街』前編

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第9回『卑劣な街』"社会なき社会"の悲劇 前編

 本作も、韓国で大ヒットとなった作品である。初恋の女性や幼なじみとの関係など、日本のヤクザ映画にはない展開とともに、理不尽な親分と子分の関係、シノギ(収入や収入を得るための手段)の争いなどの共通点も描かれていて興味深い。

ヤクザの貧困

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『卑劣な街』予告編より

 小さなヤクザ組織の冴えないナンバー2のビョンドゥは、なかなかシノギを得ることもできず、苦戦する毎日を送っていた。この状況は、今や世界じゅうのアウトローに共通していると思う。景気が悪い上に、アメリカを筆頭にマフィアやヤクザを駆逐する動きが強まっているからだ。

 さて、病身の母と子分たちの生活も支えなければならないビョンドゥは、ボスに冷遇され、ようやく手に入れたゲームセンターの経営権も失ってしまう。回ってくるのは債権回収などの小さなシノギしかない。ヤクザ用語で言うところの「切り取り」である。ちなみに、切り取りはカネの回収が前提であり、回収が難しい場合の夜逃げや倒産を前提とした取り立ては「追い込み」と呼ばれる。

 債務者の家に上がり込んだビョンドゥは、なんとか切り取りに成功し、大量の札束を大きな紙袋に入れてボスに届ける。ちなみに2015年7月現在で、1ウォンは約0.11円。見た目ほどではないが、それなりの額にはなるだろう。カネをこのように扱う光景は、日本の1980年代の不動産バブル期でも見られた。私も知り合いのヤクザに頼まれて、無造作に紙袋に入れられた札束を大物政治家や官僚に何度か運んだ経験がある。今でも、この時に渡した相手とたまに会うことがあるが、彼らの中ではまったく「なかったこと」になっているようだ。もちろん私は他言はしないが、忘れてはいない。

 本作には、この他にも日本のバブル期を思い出す場面もあった。ビョンドゥたちの属する組織の黒幕のファン会長は地域の再開発事業を掌握しており、ビョンドゥもえげつない地上げにかり出される。かつての日本のように、地上げはアウトローの黒幕が仕切り、現場はハンパなヤクザが動くのである。しかし、韓国でこれらが社会問題化することはないようだ。

理不尽な親分

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『卑劣な街』予告編より

 回収したカネを主人公がネコババしないのは興味深かった。もちろんネコババするかどうかを親分に試されている場合もあるのだが、本作のように、元の金額がわからない場合、「ちょっとくらいなら......」と思うこともあるだろう。だが、ビョンドゥはそうはせずに袋ごとボスに渡し、ボスはそこから、わずかなカネを渡す。

 そこまではよかったが、あまりにも少ない金額に落胆したビョンドゥはボスに土下座し、もう少しカネがほしいと懇願する。これは、日本のヤクザ社会ではやってはいけないことなのだが、韓国でも同様なのではないだろうか。労働組合ではないのだから、要求などしてはならず、通るわけもない。ヤクザの世界では、親分の言うことが絶対であり、理不尽だと思っても黙っていなくてはならない。だから、ヤクザとしての人生は、親分によって決まるといっても過言ではない。

 ただし、俗に「親分が『カラスは白い』と言ったら子分も『カラスは白い』と言わなければならない」という話には、異なる解釈もある。時に「若さ」とは「バカさ」と同義語であり、若い者は後先を考えずに突っ走ってしまいがちなのだが、その時はおかしいと思っても、黙って従っていればわかる日も来るという意味もある。

 しかし、ビョンドゥのボスは、そのような男ではなかった。

 これが、ビョンドゥの悲劇のひとつであった。


   


【映画の概要】韓国では公開1ヶ月で200万人の観客動員を記録した本格ノワール・アクション。貴公子的なイメージだった人気俳優チョ・インソン演じる三流ヤクザのビョンドゥの生きる卑劣な世界を描く。母や子分の生活も支えなければならないビョンドゥは、小さな組織の冴えないナンバー2であるが、ボスに冷遇され、ようやく手に入れたゲームセンターのシノギ(経営権)も失ってしまう。そこに映画監督になった幼なじみのミノが訪ねてくる。ミノに取材を申し込まれたビョンドゥは快諾し、ミノの計らいで同じく幼なじみのヒョンジュとも再会する。ヒョンジュは初恋の相手だった。ヒョンジュとの愛を育みながら、ヤクザとしての成功を焦るビョンドゥ。ある日、組織の黒幕であるファン会長から、ある検事の殺害を打診される。検事は起訴を匂わせて会長をゆすっていたのだ。悩んだ末、決意したビョンドゥは......。
ユ・ハ監督。韓国公開は2006年、日本は07年。


(『卑劣な街』後編を読む
   




宮崎学 1945年、京都・伏見のヤクザ、寺村組組長の父と博徒の娘である母の間に生まれる。早稲田大学在学中は学生運動に没頭し、共産党系ゲバルト部隊隊長として名を馳せる。『週刊現代』(講談社)記者を経て、家業の解体業を兄とともに継ぐが倒産。その後、 グリコ・森永事件では「キツネ目の男」に擬され、重要参考人Mとして警察にマークされるが、事件は2000年2月13日に時効を迎え真相は闇に消えた。1996年10月、自身の半生を綴った『突破者』で作家デビュー。近年は、警察の腐敗追及やアウトローの世界を主なテーマにした執筆活動を続けている。