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世界10大秘宝のひとつ「天叢雲剣」はここにある!

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今も行方不明の秘宝

 天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)と呼ばれる剣。日本の三種の神器のひとつとされ、世界10大秘宝のうちのひとつでもある。
 解説を加えると、まず三種の神器とは、日本の歴代天皇が継承して所有する宝の事で、日本神話において、天孫降臨の際に授けられたという鏡(八咫鏡・やたのかがみ)、玉(やさかにのまがたま)、剣(草薙の剣・くさなぎのつるぎ)の事である。故に三種の三宝と言われる事もある。鏡は御神体として伊勢神宮にあり、玉は皇居にある。しかし、剣の所在は明らかとされてはいない。現在は愛知県名古屋市熱田にある熱田神社に神体として剣の「代見(レプリカの意。これをそれとするの意)」があるが、実物の所在は不明であり、日本はもとより世界中の研究者や冒険家たちから世界10大秘宝のひとつとされている。

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日本の三種の神器、鏡、玉、剣。

 秘宝を換金したらいくらか?という価値目安話がよくあるが、この天叢雲剣は決して貨幣に換える事が出来ないほど神聖なものである。それでももしも貨幣換算したとするならば、それは間違いなく天文学的な値段になってしまうだろう。
 
 言い伝えでは、天叢雲剣の実物は、和歌山県内の山中に眠っているとか、長野県の山中とか、この剣は放射能で作られており富士山の火口の奥深くにあるとか、さまざまだが、秘宝探索に情熱をかたむけ続けている世界中の冒険野郎の為に耳寄りな情報をここでお届けしよう。

 世界10大秘宝である天叢雲剣は、な、な、なんと、島根県出雲市にある!!


日本書紀から紐解く、剣の行方

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日本の神話の発信地、出雲国。出雲大社はパワースポットとして全国より参拝客が絶えない。

 日本書紀によると、そもそも天叢雲剣は、古代出雲国で、アマテラスオオミカミの弟神であるスサノオノミコトがヤマタノオロチという巨大怪物を退治した際、ヤマタノオロチの大きな尻尾の中から、この天叢雲剣が出剣した。剣には常に雲気がかかる為、天叢雲剣と名付けられた。スサノオノミコトとヤマタノオロチの対決は、日本史上、最大最初の神と怪物の大対決であり、戦いに勝利したスサノオの、いわば、戦利品が天叢雲剣であり、剣が持つ不思議な力も合い重なって、天叢雲剣は武力の象徴として奉られた。ちなみに、スサノオノミコトがヤマタノオロチを退治する際に使用した剣は、十束剣(十拳剣ともいう)。
 常識的に考えれば、ヤマタノオロチを退治した剣である十束剣こそが武力の象徴となるはずだが、日本書紀では、ヤマタノオロチを退治した際、使用していた十束剣は激戦により破損してしまった。そして、ヤマタノオロチの尻尾から、ようは体内から、別の剣が出剣して、スサノオノミコトはこの剣を手にした、という。その剣が天叢雲剣。FFやドラクエ的に解説すれば、モンスターを退治したらもっといい剣がアイテムとして手に入ったといった感じ。そう解釈すれば分かり易くもなるだろう。
 そして、天叢雲剣は、神から神へ、天皇から次代の天皇へと渡され、その都度、その所在も移動し、そのうち、消えてしまった。だから現在所在不明。

 この歴史に対して、唱えられている新説が「天叢雲剣はいまだ出雲国(現在の島根県出雲市)にある」というもの。つまり、天叢雲剣の所有者は時代とともに継承されたが、所在は、スサノオノミコトがヤマタノオロチとの戦いで最初に剣を入手した出雲の地のままなのだという。そして、この情報を裏付けるのは、なんと、武蔵坊弁慶の歴史がカギとなる!


弁慶が薙刀製作を出雲国に依頼した訳

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武蔵坊弁慶がわざわざ出雲国に発注!?

 ご存知、牛若丸こと源義経の郎党であり平安時代末期の僧兵であり現在でもその名が知られる弁慶。彼が僧兵として用いた7つの武器にちなんで、現在でもよく「○○の7つ道具」と言われるほどその知名度は大きい。そんな弁慶は、現在の和歌山県で生まれたが、弁慶は7つの武器の代表格であるあの「弁慶のナギナタ(薙刀)」を当時の名剣造りで有名な出雲国に発注したのである。出雲国では、かの名剣を守剣、つまり、剣造り師たちのお手本としてその剣の構造を代々研究してその時代の名剣を作っていた。その「かの名剣」こそが「天叢雲剣」というのである。
 つまり、天叢雲剣は他所に移動されずに、出雲国に残り続け、後の剣造りに役立ったというわけだ。出雲国は現在の発掘出土剣数も常にそれまでの歴史資料を覆すほど膨大な数量を発掘されており、新しい歴史的証拠を示している。
 弁慶は、わざわざ出雲国にあの弁慶のナギナタを発注し、そして、仕上がったナギナタで大活躍をした。弁慶がなぜナギナタ作りを出雲国の鍛冶屋に頼んだのか? それは天叢雲剣の存在がとても大きいのである。

 そしてもうひとつ面白い説が、天叢雲剣はそもそも2本あるというもの。
 歴史資料を見ると、天叢雲剣は、別名・草薙の剣と呼ばれてもいるが、実は、これは、別名とかではなく、そもそも別物であるという。まったくの別というよりは、天叢雲剣の分身であるという。天叢雲剣の精巧さを研究した出雲国の鍛冶屋たちは、その研究途中で、まさに天叢雲剣と同等の威力を持つ剣を産む事に成功した。それが草薙の剣。そんなわけで、天叢雲剣と草薙の剣の2本の剣が存在し、そして、混同され、現在ある歴史資料のように同一別名となったという。そして、草薙の剣は源平合戦のおり、平家滅亡とともに水没したとされている。三種の神器であるのにもかかわらず、平家が所有していた点から考えても草薙の剣は天叢雲剣とは別なのである。そして、天叢雲剣は今でも出雲の地に保管され続けている。

 世界中の冒険野郎たちよ、島根県出雲市を目指せ! 世界10大秘宝である天叢雲剣がそこにある!


(取材/文=藤原 良)