>  >  > 試験開始、私はプレッシャーに潰されそうになりながら問題を解きつづけた。
その女が注射器を捨てるまで 第107話

試験開始、私はプレッシャーに潰されそうになりながら問題を解きつづけた。

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〜第五章まで〜
 シャブ中仲間の裏切りにより覚醒剤使用で再逮捕。精神病院から刑務所での懲役生活を終えてシャバに戻った玲子を待っていたのは、どこに行くにもつきまとう両親からの監視の目だった。しかし旧友やママ友から励まされ、過去の過ちを告白した自分を受け入れてもらえた時、母との確執、そして将来の生活を考えて下した決断は「独り立ち」すること。最愛の子どもを残していくことだけが心残りだったが、人生を再生するため、玲子は再び東京へ向かう決心をしたのだった。


<最終章7 試験>

ただ合格だけを願って

 ついに試験当日。あたしは日曜日の大学キャンパスに立っていた。

 黙々と参考書を読み、淡々と問題集を解き、最後まで読み終わり解き終わったら、また最初のページからやり直す......。それを何度か繰り返すうちに、いつの間にか試験の日を迎えていた。

 大学の広いキャンパスは、休日だからか学生の姿はほとんどなく、がらんとしていた。

 そのキャンパスに最寄りの駅から人の流れが続いていた。
 みんな福祉住環境コーディネーターの資格受験者なのだろう。

 あたしも人の流れに混じって、大学の門をくぐった。
 キャンパス内に入っても、受験生の列はばらけることなく、ひとつの建物に吸い込まれていった。

 建物の中には大教室がいくつかあった。自分の部屋を確かめるため、あたしは受験票を手に、教室を指示する張り紙を見た。

 受験番号をざっと眺めると、この会場だけで千人強の受験者がいる計算......。合格率は毎年三割ほど。

 この会場の七百人以上が落ちるのか──。

 そう思うと急に、緊張が高まった。

 試験時間は二時間。

 解答はマークシート方式なのだけれど、例えばひとつの文章に五カ所、○か×かを選択するところがあって、五カ所すべてが正解しないとその設問で点数を取れなかったりと、問題は凝った作りになっていたから、まぐれで得点できる可能性はほとんどなかった。

 テストは百点満点で、七十点以上取れば合格となるのだけれど、あたしにとっては正解率七割というのでもかなり高いハードルに思えた。


 試験開始、十分前。

 解答用紙が配られる。

 机に並べた鉛筆の、前夜にナイフで削って尖らせておいた芯の先を見つめて、精神統一。

 マークシート用紙に続いて、問題用紙が配られる。いち早く中の問題を読み取ろうと、表紙を凝視する。見えるはずもないのに。

 解答用紙と問題用紙がひとそろい大教室に行き渡ってから、数分間の沈黙。

 胸が高鳴る。

 緊張に弱いあたしは、この待ち時間だけで参ってしまいそう。

 机に置いたデジタル腕時計の液晶を凝視する。
 朝、出がけに117で正確な時刻を確認しておいたもの。

 秒の単位が「59」から「00」に切り替わって、ついに試験開始。

 時計を見ながら構えていたのに、チャイムが鳴り響くと、あたしは驚いて「ビクッ」としてしまった。みんなより一拍遅れて、弾かれるように問題用紙を開いた。


 勉強した記憶がありありと残っていて、楽勝で答えられる問題もあれば、チェックをつけて後回しにする問題もあった。

 病状を考慮しながら建築基準法に則って、照明の設置高を割り出す問題では、計算式は覚えていたのに、「x」や「y」にどの値を入れればいいのかをど忘れしていた。勉強した記憶があって、解き方もノド元まで上がってきているのに、正解を埋められないなんて......。
 まごついて時間を無駄にしてしまい、イライラさせられた。

 わからない問題を飛ばしながら解いていたら、いつの間にか解答欄を一段ずれてマーキングしていた。

 気づいて慌てて書き直したけれど、焦って消しゴムを使ったので危うくマークシート用紙を破いてしまいそうになった。

 ──落ち着いて! 落ち着いて!

 パニックになりそうな自分に、何度も何度もそう呼びかけた。

 二時間の試験時間はあっという間に終わった。


(つづく)



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合格しなければという焦りがパニックを生んだ



(取材/文=石原行雄)


石原行雄 プロフィール
闇フーゾクや麻薬密造現場から、北朝鮮やイラクまで、国内外数々のヤバい現場に潜入取材を敢行。著書に『ヤバい現場に取材に行ってきた!』、『アウトローたちの履歴書』、『客には絶対聞かせられない キャバクラ経営者のぶっちゃけ話』など。
http://www008.upp.so-net.ne.jp/ishihara-yukio/