〜第三章まで〜
覚醒剤を射ち始めて半年、ついに逮捕された玲子。留置場で倒れて入院するも体調も回復し、執行猶予をとりつけて再出発を果たしたかに見えたのだが...。親に見捨てられた玲子の一人暮らしを世話してくれた久間木だが、シャブ中の久間木にとっては所詮玲子もキメセクのオモチャでしかなく、またも玲子は警察に追われ「覚醒剤使用」容疑で再逮捕されることになるのだった。
<第四章14 自分を映す鏡>
長い髪を接着剤で固める女
ある日、いつものように食事のあとにベッドで菓子類を貪り食べていると、別の病室の患者がやってきた。
談話室で何度か見かけたことのある女性だった。
年は二十代の半ばくらい。
後ろで束ねたロングの黒髪は、いつもきちっと櫛が通してあって、ぴしっと整ったストレートがキレイだった。
あたしを含めてほとんどの患者がだらけた格好で過ごしていたから、ちょっとだけ印象に残っていた。
「レイ子さんでしょ? ちょっといろいろと聞きたいことがあるんだけど......」
誰から聞いたのか、彼女はあたしがシャブ中だったことを知っていた。
そして、前置きもなく、いきなり聞いてきた。
「東京だったら、最近はどこで買えるの?」
彼女もシャブ中だった。
覚醒剤のせいで錯乱して、強制入院させられていた。
「最近の相場はグラムいくら?」
やめるつもりはないのだ。
病院を出て自由の身になったら、すぐにでも使用を再開するつもりなのだ。
「あの、あたしは、最近のことはぜんぜんわからないから......」
彼女のにこやかな顔から、一瞬にして表情が消えた。「食えないヤツ」とでも言いたげに、ジロリとあたしを睨みつけた。
話題を変えようと、髪の話をした。
おもねるように「キレイだね」と褒めると、
「あぁ、これ、接着剤だから」
彼女はぶっきらぼうに言った。
「一回固めたらずっとそのままだし、洗っても整髪料みたいに落ちないから、セットする手間がなくていいでしょ」
振り向くようにしてこちらに向けた後ろ髪は、黒くてかっちりとした一本の棒だった。思わず手を伸ばして触れると、カリカリに乾いていて硬かった。
──この子......、壊れてる......。
仕草も口調もしっかりしているのに、やることや言うことは普通じゃない。
「それより、ねぇ、本当に売ってるところ、知らないの?」
「うん......ごめんなさいね」
女性の鋭い目つきに思わず謝る。
こういう人がいるからだ。
錯乱して精神病院に閉じこめられても、まだ覚醒剤と手を切れない、そんな人がいるから、前科者がいつまでも白い目で見られるのだ。
でも、どうだろう? もしこの女性が「更生したから仲良くして」と言ってきたとして、あたしは本当に心を開けるだろうか?
......多少は疑いの目で見てしまうかも。
中学生の頃、別のクラスの不良の子に「シンナーをやってる」と噂が立ったとき、本当かどうかを確かめもせず、その子を心の中で軽蔑してしまった。
それに比べれば、あたしが疑われるのは、あたしのせい。前科を作ったのは誰のせいでもない、あたし自身のせいなんだ。
長く眠っていた自己嫌悪が、目を覚ましそうになった。
強すぎる安定剤のためにぼんやりとした頭で、死を思った。
(つづく)

壊れている人間に囲まれて、私はどんどん殻に閉じこもった......
(取材/文=石原行雄)
石原行雄 プロフィール
闇フーゾクや麻薬密造現場から、北朝鮮やイラクまで、国内外数々のヤバい現場に潜入取材を敢行。著書に『ヤバい現場に取材に行ってきた!』、『アウトローたちの履歴書』、『客には絶対聞かせられない キャバクラ経営者のぶっちゃけ話』など。
http://www008.upp.so-net.ne.jp/ishihara-yukio/