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工藤明男コラム

『絶歌』は元少年Aの「精神崩壊の危機感」が生んだ産物なのか

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非常に読み応えのある記事でした

 もっとこういう記事が読みたいですね......

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『元少年A 仕事を始めても「酒鬼薔薇らしい」と噂立ち職を転々』NEWポストセブン

(前略) 著者として公の立場に身を置くことが、世間の大きな注目や批判を浴び、自らの生活を脅かす危険があることも当然理解していたはずだ。それなのになぜ今、彼はこの手記を発表したのか。(後略) 『元少年A 仕事を始めても「酒鬼薔薇らしい」と噂立ち職を転々』NEWポストセブン(リンク

 まず、この記事では『絶歌』が書かれた動機について推理していきます。

 Aが強硬に手記を出版した理由は、手記の後書きで綴った「精神崩壊の危機感」が大きかったのだろう。(前出の記事より 太字強調は筆者)

 ここは重要なポイントだと思います。
 さらにこの記事では逮捕から今日までの元少年Aの動向を追います。

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関東医療少年院(wikipedeiaより引用 リンク

 しかし、逮捕から今日までの彼の動向を追うと、それだけではない別の事情も見えてくる。
 1998年3月から関東医療少年院に入ったAには、そこで精神科医3人と統括官1人による「育て直し」教育が施された。これは、精神科医や統括官がそれぞれ父、母、兄などの"模擬家族"を演じ、文字通りAを「赤ちゃんから育て直す」という徹底した矯正教育だった。
「この手法はAにも功を奏し、一時は母役を演じた女性医師に恋心を抱くまでになりました。破壊衝動と性的快感が結びついていた事件当時と比べ、徐々に通常の思春期男性の精神状態に近づいて行ったんです」(法務省関係者)
(前出の記事より)

 まさに国を挙げての更生教育というか治療ですね。

 2001年になると被害者遺族への謝罪を口にするようになったというAは、2004年3月、法務省に「再犯の可能性はない」と判断され、仮退院する。(前出の記事より)

 医療少年院ってたしかもう少し長く収容できたはずだから(医療少年院は心身に著しい故障が見られる12歳以上26歳未満の者を収容する少年院。ちなみに元少年Aは21歳で退院している)、これって国の判断だったんでしょう。

 しかし、出院後の元少年Aを待ち受けていたのは過酷な日々だったようだ。
「更生保護施設に入居し、日雇いの仕事も始めたのですが、どこかで必ず"あいつは酒鬼薔薇らしい"という噂が立ってしまうんです。
 彼(筆者注・元少年Aのこと)は常に、"いつ正体がばれるか"という恐怖と隣り合わせの日常を送っていました。そのため、不穏な空気を感じるとすぐに仕事を辞め、職を転々としたそうです」(前出・法務省関係者)
(前出の記事より)

 なるほど。
 さらにこの記事は、退院後の元少年Aの「現在の所在地」なる情報がしばしばマスコミに流れ、そのすべての場所を「本誌は訪れたが、多くは噂の域を出ることはなく、実際にAの所在を確認するまでには至らなかった(前出の記事より)」と書きます。
 やはり多くの出版社と記者が元少年Aの所在を探し続けていたんですね。

 実際、その当時、E市のある小学校では、"Aが近くに住んでいるという情報があり、子供の安全のためにも法務省に情報開示を呼びかけるべきだ"と、PTAが学校に掛け合うという騒動が起きています」(全国紙記者)(前出の記事より)

 これキツイな。
 僕みたいに一度は暴走族という集団に所属して、自ら関わりを絶ってひっそりと世間の目を避けて暮らすならともかく、そんな社会経験もない人がそういう暮らしをするのは厳しいだろうと思います。
 この記事にあるように、『絶歌』は「精神崩壊の危機感」が生んだ産物ではないか、という推理がかなり的を射たものではないかと僕が考える理由もそこにあります。
 どこにも帰属する場所がなく、どこにも居場所もない、という感覚は、想像以上にキツいものです。
 それも罰と言えばそれまでだけど。


 そして、この記事のラストは苦い一文で締められています。




 事件から何年経とうとも、世間にとって、Aの存在は、怪物に変わりなかった。(前出の記事より)






(次回の掲載は午後7時です)





元関東連合幹部、大ヒット作『いびつな絆』著者である工藤明男ならでは視点で元少年A(=酒鬼薔薇)の『絶歌』を読み解く!

第一回 工藤明男から見る六本木クラブ襲撃事件と神戸連続児童殺傷事件の違いとは? はコチラ
第二回 僕も元「少年A」だった・・・工藤明男が「絶歌」をとりまく現象を思う はコチラ
第三回 元少年A『絶歌』出版における、それぞれの視点と客観性 はコチラ
第四回 『絶歌』騒動をめぐって──工藤明男がダウンタウン松本に感じた違和感 はコチラ
第五回 工藤明男が語る「酒鬼薔薇事件を担当した元判事の意見は浮世離れしている」 はコチラ
第六回 社会に波紋をなげかける本を出版する、ということの意義と弊害 はコチラ
第七回 元少年Aに顔を本名を晒せというのは大衆が「リンチして殺す」ため? はコチラ
第八回 太田出版周辺には常識のある「大人」は誰もいなかったのか はコチラ
第九回 医療少年院の矯正教育についての検証をどなたもされないようですが はコチラ
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