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工藤明男コラム

工藤明男が語る「酒鬼薔薇事件を担当した元判事の意見は浮世離れしている」

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更生か死刑か、虚像か実像か

以下記事続き

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神戸地方裁判所(写真はwikipediaより) http://www.news-postseven.com/archives/20150619_330417.html

当時、裁判でAの弁護団長を務めた野口善國弁護士も、手記を読んで、井垣氏と同じ感想を持っていた。

「正直、彼が出版した意図はわかりません。再発防止のためでも、遺族への謝罪のためだとも思えない。ただ、手記を読んでみて、彼は成長しているな、とは感じました。当時、彼は社会との結びつきを求めず、生きる意味も価値も見いだしていなかった。でも、この手記で、なんとかして社会とつながろうとしているのがわかりました」(同記事より一部引用)

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『それでも少年を罰しますか』(共同通信社、1998年)

この弁護士が書いた酒鬼薔薇少年についての著書は僕も少年院の中で読みました。

少年の付添人という立場で、弁護というより少年の心の真相を考え、反省を促し、更生を心から願っていたと思います。

更生か? 死刑か?

そんな極論のテーマですが、弁護士として『彼の成長を感じられた』という意見は貴重だと思います。

そして二人の共通する意見が、酒鬼薔薇少年が社会とのつながりを持とうとしていること。

出版が正しいとは僕も思わないですが、社会とのつながりを閉ざすことが少年の更生には繋がらないという思いは共感できます。

そして、裁判関係者ふたりの言葉は、酒鬼薔薇少年本人が手記に書いた後書きと重なるのです。

《この十一年間、沈黙が僕の言葉であり、虚像が僕の実体でした。僕はひたすら声を押しころして生きてきました。(中略)でも僕は、とうとうそれに耐えられなくなってしまいました。自分の言葉で、自分の想いを語りたい。自分の生の軌跡を形にして遺したい。朝から晩まで、何をしている時でも、もうそれしか考えられなくなりました。そうしないことには、精神が崩壊しそうでした。(中略)僕にはこの本を書く以外に、もう自分の生を掴み取る手段がありませんでした》(『絶歌』より一部引用)


(文=工藤明男)