「あたしシャブ中でした」
元覚醒剤常習犯、阿佐見玲子。
厳格な家庭に育ち、息の詰まる毎日だった少女時代。
そして男と出会いようやく幸せの糸口を掴んだかにみえたとき、魔物が心の隙に忍び込んだ。
ひとときの痛みから逃れるために手を出してしまった覚せい剤。
そこから運命の歯車は狂っていくのだった。
この物語は、そんな彼女の転落と再生の軌跡をたどった実話である。
<第三章⑱ 既視感>
早朝の路上で職務質問
久間木に裏切られた。
侮辱されたような気がして、泣けてきた。
泣きながら、夜の田舎道を闇雲に走り回った。
見通しのいい真っ直ぐなあぜ道を飛ばし、くねくねとカーブの続く山道を走り、それでも越してきて間もないからか、たいして遠くまでは行けず、結局はアパートからそれほど離れていない場所に戻っていた。
疲れていたけれど、部屋には戻りたくなかったので、アパートに近い雑貨屋の向かいにクルマを停めた。
頭を冷やそうと思って、雑貨屋のわきに立つ自動販売機で炭酸飲料を買った。
缶はキンキンに冷えていた。
気持ちいいかと思って額やうなじに当ててみたけれど、缶にまとわりついた水滴でベタベタになり、余計にイラつかされた。
プルタブを上げて飲んでみても、炭酸がピリピリとノドに痛くて、さらにイライラさせられた。
フロントウインドウに広がる空は、漆黒から濃紺を経て、明るい青になりはじめていた。
そろそろ出勤のクルマが走りはじめる時間だ。
イライラ運転で事故でも起こしたら、それこそつまらない。
ちょっとだけでも寝ておこう。
シートを倒して横たわり、目を閉じた。
でも、疲れと眠気は確かにあるのに神経が高ぶっていて、なかなか眠りに入れなかった。
だからって部屋に戻るわけにはいかないし......。
まぶたの向こうで空がどんどん明るくなるのも、急かされるようで妙にイライラさせられた。
それでもちょっとはうとうとしていた。
あたしは物音で目を覚ました。
意識がはっきりしてくると、「コツコツ」と、それほど強くはないけれど、間断なくサイドウインドウが叩かれているのに気がついた。
頭を上げると、警察官が小刻みにウインドウをノックしながら、張りつくように車内を見ていた。
なに? どうしたの?
夢じゃない、確かに本物の警官。それを自分の中で確かめてから、ウインドウガラスを下げると、
「駐車違反です」
事務的な口調で警官は言った。
えっ?
速度メーターの横で青緑色に光るデジタル時計は、まだ八時にもなっていなかった。
こんな朝からなに?
「田舎道だし、ほかにクルマも走ってないし......」
言い訳をしながら警官の後方に視線をやると、雑貨店のシャッターもまだ閉まっていた。
「誰の邪魔にもなってないでしょ?」
警官は無表情なままで言った。
「とにかく駐車違反ですから」
睡眠不足の寝起き、しかも前夜のケンカのイライラがまだ残っていた。
「はいはい、わかりました! 免許証でしょ!」
何点でも引けばいい、反則金ならいくらでも払ってやる。そんな気持ちで運転免許証を取り出そうと、バッグの中をかき回していると、
「いや、とりあえず署に来てもらいますから」
......なんで?
(つづく)

完全な不意打ちだった
(取材/文=石原行雄)
石原行雄 プロフィール
闇フーゾクや麻薬密造現場から、北朝鮮やイラクまで、国内外数々のヤバい現場に潜入取材を敢行。著書に『ヤバい現場に取材に行ってきた!』、『アウトローたちの履歴書』、『客には絶対聞かせられない キャバクラ経営者のぶっちゃけ話』など。
http://www008.upp.so-net.ne.jp/ishihara-yukio/