「あたしシャブ中でした」
元覚醒剤常習犯、阿佐見玲子。
厳格な家庭に育ち、息の詰まる毎日だった少女時代。
そして男と出会いようやく幸せの糸口を掴んだかにみえたとき、魔物が心の隙に忍び込んだ。
ひとときの痛みから逃れるために手を出してしまった覚せい剤。
そこから運命の歯車は狂っていくのだった。
この物語は、そんな彼女の転落と再生の軌跡をたどった実話である。
<第三章⑬ 捨てられたくないよ>
ついに親にも見捨てられる
割り切ったつもりだったけど、それは「つもり」になっていただけ。
あたしはそんなに強くない。
留置場での差し入れを、ありのまま受け入れてくれたサインと勘違いして浮き立っていた分だけ、落ち込みも深まった。
折り目の通った衣類を、着られそうなものとそうでないものに分けた。狭いアパートに居候の身で大量の荷物を置いておくわけにはいかない。
仕分けをしていると、手のひらに温かいものが落ちた。
ほほを伝い、あご先から落ちてきたものは、涙。
そうとわかった途端、抑えていたものが止めどなくあふれてきた。
見捨てないで、お母さん!
ごめんなさい!
これからは本当に心を入れ替えるから!
きれいに心を入れ替えて、お母さんに認めてもらえるような真人間になりますから!
だから許して!
しゃっくりで息苦しくなりながらも、懺悔した。
手元の衣類にぼたぼたと大粒の涙が落ちて、黒い水玉をいくつも作った。
捨てられない! 捨てたくないよ!
折り目の通ったシャツやスカートは、お手伝いさえまともにできなかったダメな自分を思い出させた。けれど、そんな苦い思い出も、今となっては大切な思い出のひとつ。家族と一緒に紡ぎ上げた、大切な思い出のひとつなんだ。
どんどん捨てて、振り切らないと──。
こんなものがあるから思い出しちゃうんだ。
古着が目の前からなくなれば、キレイさっぱり割り切れるんだ。
そうは思っても、手は古着の山をほじくり返すだけで、捨てられるものを選び出せない。
小学校低学年のときの体操着に、中学一年のときの夏服のセーラー、中二の冬に買ってもらった真っ赤なダウンベスト、黄ばんだブラウスは看護学校の入学式のために新調したもので、当時は目が痛くなるくらい真っ白だったっけ......。
どれも今さら着られるわけがない。
選ぶまでもない、箱ごと捨てれば片はつく。
でも、やっぱりどれも捨てられない!
ぜんぶ、ずうっと取っておきたい!
捨ててしまうと、親との関係が完全に断ち切られそうな気がした。
手に取る古着のひとつひとつに、思い出が詰まっていた。
涙でぼやけた視界に入るだけで、思い出があふれるように甦ってきた。
目の前の古着が、あたしと親とをつなぐ最後の儚い絆に思えた。
でも、それはあたしが勝手に思い込んでいるだけ。
実際には、絆なんてとっくに断ち切られていた。
「もう、あなたは、うちとは関係のない人間だから」
電話で聞いた母の言葉が、現実。
電話の最中に、こうして泣いて謝ればよかったのに。
泣いてすがれば、許してもらえたかも知れないのに。
肝心なときに聞き分けのいいふりをしてしまう自分が嫌だった。
大切なときに、気持ちをちゃんと表せない自分が許せなかった。
もう一度、電話してみようか......。
でも、もう一度拒絶されるかと思うと、恐くて電話できなかった。そんな臆病な自分が悲しかった。
あたしは古着の山に顔を埋めて、止まらない涙と嗚咽を吸い込ませた。
実家のタンスを開けたときににおった防虫剤の懐かしいにおいで、いっぱいになった。
そんなにおいまでもが懐かしくて、あたしはいつまでも古着の山に顔を埋めて、泣き続けた。

泣いても泣いても涙が止まらなかった
(つづく)
(取材/文=石原行雄)
石原行雄 プロフィール
闇フーゾクや麻薬密造現場から、北朝鮮やイラクまで、国内外数々のヤバい現場に潜入取材を敢行。著書に『ヤバい現場に取材に行ってきた!』、『アウトローたちの履歴書』、『客には絶対聞かせられない キャバクラ経営者のぶっちゃけ話』など。
http://www008.upp.so-net.ne.jp/ishihara-yukio/