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宮崎学の「本当はおもろい韓国ヤクザ映画」第8回 『息もできない』後編

誰もが皆、傷ついている 『息もできない』後編

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第8回『息もできない』後編
戦争の傷痕と男尊女卑

『息もできない』前編はこちら

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『息もできない』予告編より

 サンフンと付き合うようになる女子高生ヨニも、家族に問題を抱えていた。
 
 父は、ベトナム戦争から帰還した元兵士で、頭がおかしくなっている。娘が作る料理に「毒が入っている」といい、怒り狂ってちゃぶ台をひっくり返す。

 復員兵のPTSD(外傷後ストレス障害)は、第一次世界大戦後からその存在が指摘されているが、注目されたのは最近のことであろう。復員兵の自殺者の増加も問題になっている。

 ベトナムも、イラクも、アメリカが起こした戦争で活躍するのは有色人種であり、特に韓国人兵の強さはベトナム人を驚かせ、同時に「同じアジア人なのに、なぜアメリカの手先になるのか」と落胆もさせている。

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『息もできない』予告編より

 屋台を出していたヨニの母は、ヤクザに店をめちゃくちゃにされた挙句に殺されているが、父はそれも理解できない。「母さんはどこへ行ったんだ!」とヨニに辛く当たる。また、弟も定職についておらず、いつもヨニにカネをせびる。

 学校でも浮いているヨニには、心が休まる場所がなかったが、なぜかサンフンとは心を通わせていく。

 男尊女卑の傾向が強い韓国では、映画でも女性への暴力が描かれることは多い。サンフンも出会った時にヨニを殴って失神させている。サンフンの暴力性からすればレイプもできたはずだが、そうはならない。過激な性描写が少ないのも韓国映画の特徴である。当局の検閲が厳しいのだと思う。

 同様に、暴力のシーンもほとんどが素手である。韓国ノワールでは『仁義なき戦い』のように銃をぶっ放すことはほとんどない。

 実際にはベトナム戦争や朝鮮戦争で使われた武器も大量に流入しており、銃を使った犯罪も多い。韓国の日刊紙『ハンギョレ』によれば、韓国では現在も銃器殺人が毎年約16件も発生している。もっとも銃を使わなくても残虐で嫌な展開の作品はたくさんあるのだが。

 時差もない隣国であるのに、韓国と日本にはさまざまな相違点と共通点があることを映画で知ることができるのは、面白い。

前編を読む)
   


【映画の概要】暴力をふるうことしかできないヤクザで、友人マンシクの経営する会社で借金の取り立てやデモ潰しなどを請け負うサンフン。幼い頃に父が妹を殺し、母が交通事故死している彼は、姉とその息子は大切にしている。ある日、女子高生のヨニと知り合ったサンフンは、口論を繰り返しながらも心を通わせていく。ヨニの父はベトナム戦争で心に傷を負い、母はヤクザに殺されていたが、弟もヨニにカネを無心するような不良で、サンフンの弟分となる。ヤン・イクチュン監督、韓国公開09年・日本は10年。撮影の途中で資金がなくなり、監督が借金をしたというエピソードもある。


   




宮崎学 1945年、京都・伏見のヤクザ、寺村組組長の父と博徒の娘である母の間に生まれる。早稲田大学在学中は学生運動に没頭し、共産党系ゲバルト部隊隊長として名を馳せる。『週刊現代』(講談社)記者を経て、家業の解体業を兄とともに継ぐが倒産。その後、 グリコ・森永事件では「キツネ目の男」に擬され、重要参考人Mとして警察にマークされるが、事件は2000年2月13日に時効を迎え真相は闇に消えた。1996年10月、自身の半生を綴った『突破者』で作家デビュー。近年は、警察の腐敗追及やアウトローの世界を主なテーマにした執筆活動を続けている。