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工藤明男コラム

社会に波紋をなげかける本を出版する、ということの意義と弊害

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『絶歌』発売までの経緯を聞くと、『いびつな絆』を出版したときのことを思い出す

『週刊文春』2015年6月25日号によれば、元少年Aは当初、幻冬舎に手記出版を持ちかけていたという。

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『週刊文春』2015年6月25日号中吊り広告

 手記『絶歌』を太田出版から刊行した神戸連続児童殺傷事件の犯人である元少年A(32)が、当初は幻冬舎から出版する計画だったことが、週刊文春の取材でわかった。

 週刊文春の取材に応じた幻冬舎の見城徹社長(64)によれば、2012年冬に、<元少年A(酒鬼薔薇聖斗)>名で封書が届き、翌年に対面したという。Aは、「本を書きたい」と訴え、執筆が始まった。しかし、今年に入って見城氏は出版しないことを決断し、3月に太田出版を紹介。見城氏は「切なさと同時に安堵の気持ちがありました」と振り返った。
週刊文春WEBより一部引用)

 個人的に見城さんの書籍は何冊か読ませて頂いていて、言葉や経営者としての哲学には大変感銘を受けている。

 この記事を読んだ時も、むしろ「漢(オトコ)だな」と思ったくらいだ。

 出版社には出版社のポリシーやカラーがある。

 経営者としての立場も当然ある。

 僕が自分の本を出版する時にも同じような経緯があった。

 最初に持ち込んだ出版社は出版社のお家事情で出版するのは難しいということになったが、これを埋没させるのはもったいないと、僕の本に最も適した編集者と宝島社を紹介してくれた。

 見城社長にも似たような思いがあったに違いない。

 世に出すべきだが、そのまま自分の会社からは出せない。だから、それに適した出版社と編集者を紹介した。大人の事情と言えばそれまでだが、どのみちなんらかの形で元少年Aの書籍は世に出てしまうのだ。だったら、自分が手腕をかっている編集者にそれを託したほうがまだ良い。選んだ出版社が良かったのか、その出し方が正しかったのかは疑問が残るが、そのまま元少年Aを切り捨てることは元少年と世の中との繋がりを断ち切るのに等しい。