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その女が注射器を捨てるまで 第78話

もう怒りさえも感じないーー人間扱いされない薬漬けの日々

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〜第三章まで〜
 覚醒剤を射ち始めて半年、ついに逮捕された玲子。留置場で倒れて入院するも体調も回復し、執行猶予をとりつけて再出発を果たしたかに見えたのだが...。親に見捨てられた玲子の一人暮らしを世話してくれた久間木だが、シャブ中の久間木にとっては所詮玲子もキメセクのオモチャでしかなく、またも玲子は警察に追われ「覚醒剤使用」容疑で再逮捕されることになるのだった。


<第四章12 お人形>


人間が人間扱いされない空間

「もう二度と覚醒剤なんかをやらないように、ここで治してもらいなさい」

 作り笑顔でそう言う母。

 包み込むような柔らかい眼差しであたしを見つめていた。

 その表情は偽善以外の何物でもなかった。

 ──やっぱり、あたしの言うことなんて信じてないし、話を聞くつもりもないんだ。

 差し入れをするのは、「なにかをしてやっている」という満足感が味わえるから?

 空気が抜けるように、体と心の両方から、力が抜けた。怒りも湧いてこなかった。できることは、すべてをあきらめて、自分の殻に閉じこもることだけ。

 あたしは無言で立ち上がり、背中に声をかけてくる母を置いて談話室を出て、自分のベッドに戻り、布団にくるまった。

 もう怒りさえも感じなかった。


 怒りさえ感じなくなったのは、たぶん薬のせい。

 薬というのは、病棟で毎日朝昼晩の三回処方される薬のこと。

 朝と昼は、錠剤が五錠に粉薬が一袋。
 夜は七錠の錠剤に粉薬が二袋。
 これを毎食後、強制的に飲まされた。

 肝臓の炎症を抑える薬も含まれていたとは思うけれど、ほとんどは精神安定剤や睡眠導入剤の類だったに違いない。

 患者が自分たちの手で飲むことは許されなかった。

 入院患者は食事が終わると、コップの水を手に看護師や介護士の前にずらりと列を作る。順番が来ると、各人所定の薬を口に放り込まれるので、それを看護師や介護士の目の前で、コップの水で飲み下す。飲み下したら口の中に残っていないことを見せるため、「あー」と大きく口を開く。介護士によっては、患者に舌を上げさせたりもする。舌の裏に隠していないかと疑っているのだ。

 人間扱いじゃない。

 それでも、文句を言う患者はいない。薬を飲まないと、いつまでも自由時間にならないからだ。空しい抵抗で面倒なことになるくらいなら、さっさと薬を飲み下して、好き勝手なことをするほうがいい。

 強制入院させられて、薬を飲まされてからすぐ、意識が朦朧とするようになった。

 薬が効いてくると、怒りや不満は萎み、抗議する気力は消え失せ、あらゆる面でやる気というものがなくなった。

 談話室のテレビを眺めていても、面白いともつまらないとも感じなくなり、しばらくすると、一日をベッドの上でなにをするでもなくただゴロゴロとやり過ごすようになった。

 薬を飲み下して二、三十分すると、いつも猛烈に怠くなったので、朦朧とするのは薬のせいに違いなかった。


(つづく)

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私はもうただの実験人形になった......


(取材/文=石原行雄)


石原行雄 プロフィール
闇フーゾクや麻薬密造現場から、北朝鮮やイラクまで、国内外数々のヤバい現場に潜入取材を敢行。著書に『ヤバい現場に取材に行ってきた!』、『アウトローたちの履歴書』、『客には絶対聞かせられない キャバクラ経営者のぶっちゃけ話』など。
http://www008.upp.so-net.ne.jp/ishihara-yukio/