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宮崎学の「本当はおもろい韓国ヤクザ映画」 第5回 『悲しき獣』前編

朝鮮系中国人の「今」をリアルに描く 『悲しき獣』前編

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第5回『哀しき獣』前編
借金を背負った朝鮮族の青年は出稼ぎの妻を追って韓国へ

『哀しき獣』前編はこちら

『哀しき獣』後編はこちら

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『哀しき獣』予告編より

 日本と韓国のヤクザ映画の相違点はいくつかあるが、「女性」の描き方も、その一つであろう。

 完全な男社会であるヤクザを描いた日本の作品では、女性はまず出てこない。出てきたとしても、性愛の対象か母性の象徴の場合がほとんどで、言わば「添え物」である。藤純子演ずる緋牡丹お竜に熱を上げるのも、主人公の高倉健ではなく、若山富三郎扮する「熊虎親分」である。組織をめぐる男たちの対立や絆が中心の日本のヤクザ映画には、男女の情愛やラブロマンスはあまり求められない。

 これに対して、韓国の作品では女性が重要な役割を果たすことが多い。今回取り上げる『哀しき獣』もその例だ。本作は、男たちの妻や愛人への確執という女性への情愛が根底にあり、日本映画を見慣れた身には正直なところ違和感もあった。

 しかし、音信不通となった妻への思慕を募らせる主人公の「ダメ男ぶり」や、麻雀の弱さに対比するように描かれる主人公のケンカの強さには見どころがある。

異様な国境の町

 さらに、本作には女性の存在感以上の「特徴」もあり、むしろ私はこちらに興味を持った。それは、主人公が韓国人ではないことだ。日本でもあまり知られていない中国籍の朝鮮族なのである。報道やインターネットのレビューを見ても、朝鮮族の人間を主人公にしたノワール映画は珍しいようだ。

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『哀しき獣』予告編より

 中国における朝鮮族は、中国語と朝鮮語を話し、主に中国東北部の『東北三省』(遼寧省・吉林省・黒龍江省)に居住する。2000年の調査では世界で約192万人、日本にも5万人ほどが住む。このうち80万人が吉林省の延辺(えんぺん)朝鮮族自治州に住んでいるが、ここは東はロシア、南は北朝鮮に接している。

 近代化から取り残された辺境の地であり、脱北者たちの国外脱出ルートでもある。国境を流れる豆満江沿いでは覚醒剤や人身売買の取引が行われることも日常で、さびれた町でありながら警察官の検問が目立ち、妙な緊張感がある。

 そして、朝鮮族の人口は自治州全体の4割程度だ。「自治」とは名ばかりで、朝鮮族はこの地でマイノリティであり、多くが貧困に苦しんでいるのだ。

 歴史的には、この地には古代朝鮮である高句麗(紀元前37~668年)以前から朝鮮族が居住してきた。現在の自治州は、1949年10月の中華人民共和国成立後に成立したが、中国共産党は前月の9月に東北部に住む朝鮮族に一律に中国国籍を与えている。この「二つの祖国」は軋轢を生み、朝鮮戦争の際には朝鮮の戦場へ行くことを志願した若者も少なくなかった。

 現在も、多くの朝鮮族は生活のために合法あるいは非合法的な手段で韓国へ出稼ぎに行く。韓国語も中国語も話し、低賃金でよく働くので、韓国では重宝がられているのだ。

 密航には「蛇頭」など中国側の密航組織と韓国の組織が関与しているとされ、希望者は多額の借金をして彼らに「渡航費用」を支払う。観光や親族訪問で正規入国した後に行方をくらます「失跡型」の不法滞在も後を絶たない。

 この朝鮮族の男を主人公としたことについて、監督は来日の際に「以前から朝鮮族の人々による暴力事件が多発し、殺し屋として雇われている事実に興味があった」と明かし、「(デビュー作で前作の)『チェイサー』でも取り入れる企画もあった」と述べている。
監督は自治州の取材も重ね、出稼ぎのために大人がほとんど見当たらず、老人と子どもだけとなった集落を「まるで主のいない廃墟になった家のようだった」と評し、家庭や社会そのものが破綻しているのを見て「胸が痛くなった」という。

 そして、「この作品は外国人労働者全ての人たちにいえる物語です。故郷があるにもかかわらず働きに出て、どんなふうに生きて、どんな苦労をして、傷ついて、涙を流したのか。そしてどんな思いで故郷に帰って行くのか、その過程を描こうと思った」と明かし、暴力だけではなく外国人労働者の苦労や姿を描いた作品であることを強調している。

   


後編に続く)


   

※歴史などデータは、朝鮮族ネット
http://www.searchnavi.com/~hp/chosenzoku/index.html
監督インタビュー
http://www.cinematoday.jp/page/N0036417
および各紙報道による。


【映画の概要】『哀しき獣』(原題『黄海』)
観客動員数500万人を記録したデビュー作「チェイサー」で注目されたナ・ホンジン監督による2作目のクライム・サスペンス。貧しい生活を送る中国籍の朝鮮族の男・グナムが、借金返済のために殺人の依頼を受け、黄海を越えて韓国へ向かう。韓国には出稼ぎに行ったまま音信不通となった妻もいるはずだったが......。韓国公開2010年・日本は12年。ハリウッドによるリメイクも決定。


   




宮崎学 1945年、京都・伏見のヤクザ、寺村組組長の父と博徒の娘である母の間に生まれる。早稲田大学在学中は学生運動に没頭し、共産党系ゲバルト部隊隊長として名を馳せる。
『週刊現代』(講談社)記者を経て、家業の解体業を兄とともに継ぐが倒産。その後、 グリコ・森永事件では「キツネ目の男」に擬され、重要参考人Mとして警察にマークされるが、事件は2000年2月13日に時効を迎え真相は闇に消えた。1996年10月、自身の半生を綴った『突破者』で作家デビュー。近年は、警察の腐敗追及やアウトローの世界を主なテーマにした執筆活動を続けている。